ミュンヘン安全保障会議に参加した欧州首脳。左からメルツ独首相、マクロン仏大統領、スターマー英首相。ミュンヘン安全保障会議に参加した欧州首脳。左からメルツ独首相、マクロン仏大統領、スターマー英首相。IMAGO/dts Nachrichtenagentur via Reuters Connect

各国首脳や外相、国防相らが外交・安全保障問題を議論するミュンヘン安全保障会議が2月中旬に開催された。

アメリカが昨年に比べて宥和的(要するに関係維持を重視)だったこと、ドイツとフランスが「核共有」に関する議論を始めたことが、筆者の目には重要なポイントと映った。

ChatGPT公開後の2年間で「求人が激減した」テック系職種トップ10。モバイル開発は7割減 | Business Insider Japan

ChatGPT公開後の2年間で「求人が激減した」テック系職種トップ10。モバイル開発は7割減 | Business Insider Japan

昨年の同会議では、バンス米副大統領が「欧州にとって最大の脅威はロシアでも中国でもなく、欧州内部の民主主義の欠如」と欧州を批判した。

開催地のドイツは翌週に総選挙を控えたセンシティブな時期だったが、バンス氏は極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)への支持を表明。ショルツ首相(当時、社会民主党所属)との会談は拒否したにもかかわらず、AfDのワイデル党首とは個別会談を行ったことも物議を醸した。

バンス氏は上院議員時代から「アメリカが白紙小切手を切り続けることは、欧州の自立を妨げる」と欧州向けの歳出削減の必要性を強く訴えており、その主張を余すことなく披瀝(ひれき)した形だ。

昨年のミュンヘン安全保障会議を、アメリカと欧州の距離が広がり始めた歴史的転換点と見る向きも多い。

ホワイトカラーの仕事のほとんどすべてが1年半以内にAIによって自動化される…マイクロソフトAIのスレイマンCEOが予測 | Business Insider Japan

ホワイトカラーの仕事のほとんどすべてが1年半以内にAIによって自動化される…マイクロソフトAIのスレイマンCEOが予測 | Business Insider Japan

それに対し、今年登壇したルビオ米国務長官の演説は穏当な語り口が目立った。

「大西洋間の関係終えんに関する憶測が飛び交っているが、これが我々の目標でも願いでもないことを明確にしておきたい。なぜなら、我々は常に欧州の子であるからだ」「アメリカと欧州はともに属している」(ロイター、2月14日)

そうした関係改善を示唆する発言の一方で、ルビオ氏は「真意」もしっかり口にした。

「アメリカは(欧州からの)分離を求めているのではなく、古き友情の再生と人類史上最大の文明の刷新を求めている」「同盟国は現状の破綻を正当化せず、修正するために必要な措置に向き合ってほしい」(日本経済新聞、2月14日)

ルビオ氏の言及した「必要な措置」とは、ロシアとウクライナの戦争ひいては欧州の対ロシア防衛により主体的に関与せよとの要求と理解していいだろう。

アメリカは引き続き同盟諸国に応分の軍事費負担を求めており、欧州について言えば、それは対ロシア防衛への積極関与ということになる。昨年はそれをバンス氏が攻撃的な口調で求め、今年はルビオ氏が宥和的な口調で求めた、それだけの違いだ。

「安心した」と述べたフォンデアライエン欧州委員長はじめ、欧州高官はルビオ氏の演説をおおむね高く評価したようだが、リトアニアのランズベルギス前外相はソーシャルメディアに「(トランプ)政権の基本姿勢からの逸脱ではない。単に丁寧な表現で伝えられただけだ」と投稿している(ロイター、2月14日)。

筆者もこのリトアニア外相の認識こそが実態に沿ったものと考える。

あなたの死後もSNS投稿やいいねを続ける「AIシミュレート技術」でメタが特許取得。その深い闇 | Business Insider Japan

あなたの死後もSNS投稿やいいねを続ける「AIシミュレート技術」でメタが特許取得。その深い闇 | Business Insider Japan

独仏「核共有」をどう理解すべきか

冒頭で触れたように、今回のミュンヘン安保会議で注目されたのが、ドイツとフランスが「核共有」に関する議論を開始したとの発表だ。

2月13日に演説したメルツ独首相は、マクロン仏大統領と核共有のあり方をめぐる議論に着手したことを明らかにした。

バンス氏やルビオ氏が要求するように、欧州はアメリカに依存した従来型の安全保障戦略の見直しを迫られており、アメリカの「核の傘」も当てにできなくなる可能性がある。対応策として、フランスが保有する核兵器を新たな欧州の傘にしようとの発想に無理はない。

ただし、そうした議論はドイツとフランスという両大国のパワーバランスに大きな変化をもたらす選択肢ゆえ、伝統的に忌避されてきた。

それが一転議論の俎上に載せられたのは、ドイツにとって(経済低迷など)背に腹は代えられない実情があるということなのかもしれないが、いずれにしても、安全保障における戦略的自立を模索する欧州の動きが逆戻りする可能性はもはや低いと思われる。

しかし、欧州の動向をウォッチしてきた筆者としては、そのように安全保障の戦略的自立を目指す「総論」では合意できても、カネの話が絡む「各論」になると議論が紛糾しがちでなかなか一致できないのが欧州の伝統ではないかと、揚げ足を取りたくなる。

欧州連合(EU)は昨年3月の特別首脳会議で「欧州再軍備計画(ReArm Europe Plan)」を全会一致で承認。防衛力強化に向けて総額8000億ユーロの資金確保を目指すとした。

欧州は再軍備のための「125兆円」を本当に調達できるのか。想定される「二つの選択肢」 | Business Insider Japan

欧州は再軍備のための「125兆円」を本当に調達できるのか。想定される「二つの選択肢」 | Business Insider Japan

そのうち、共同で債券を発行して市場から最大1500億ユーロの資金を調達し、加盟国に融資する「欧州の安全保障行動(SAFE)」は、共同防衛体制の強化に向けて域内が足並みを揃えて団結できるかどうかを占う試金石と見られている。

ドイツとフランスの核共有に関する議論を経て(「持てる国」である)フランスの発言力、欧州域内における影響力が強化された場合、上記のSAFEはどう変容するのか。そこに筆者は注目している。

現在のところ、欧州再軍備計画は総額8000億ユーロのうち、6500億ユーロを加盟国の「自腹」すなわち防衛予算の積み増しによって確保し、残り1500億ユーロは先述のSAFEを通じてEUが共同債を発行し、市場から調達する建付けになっている。

世界の市場関係者はこのSAFEに熱視線を注いでいる。と言うのも、共同債の発行を実現することが「EU財政統合の一里塚」になり得ると見られているからだ。同時に、EUを発行体とする債券の誕生は、金融市場に新たな安全資産クラスを生み出すポジティブな動きでもある。

ただし、SAFEはその目的こそ欧州一体となった防衛力強化にあるものの、調達した資金の用途はあくまで加盟国への「融資」であることに注意せねばならない【図表1】。

【図表1】欧州連合(EU)の発行する共同債の比較。【図表1】欧州連合(EU)の発行する共同債の比較。出所:各種資料より筆者作成

例えば、イタリアがSAFEを通じて100億ユーロの融資を受けた場合、イタリアはそれを返済する必要がある。

ところが「給付」であれば、市場から調達した資金はEU全体で応分負担して返済することになる。その場合、加盟国への財政移転が認められる形になるので、本質的に財政統合の一里塚と言える。

現状、SAFEは融資にとどまるため、財政統合の一里塚とまで評価するのは無理がありそうだ。

【独自】PwCが新人コンサルの配属拠点を「5分の1」に削減。2年間の「協働」経験を義務化 | Business Insider Japan

【独自】PwCが新人コンサルの配属拠点を「5分の1」に削減。2年間の「協働」経験を義務化 | Business Insider Japan

ドイツとフランスの思惑

日本の読者の方々で、「グリーンランド・モーメント」という言葉をご存知の方はそう多くないかもしれない。マクロン仏大統領が今年に入ってから複数の欧州メディアとのインタビューで言及したものだ。

マクロン氏はグリーンランドの購入あるいは併合に向けて圧力を強めるアメリカの動きを「欧州が改革に踏み切るための警鐘」「欧州全体にとって戦略的覚醒の契機」などと位置づけ、その上でこう述べている。

「将来の支出を賄うために共同債務を通じて資金調達する能力、すなわち未来のためのユーロ債を発足させる時が来ました。最良のプロジェクトに資金を供給するための欧州による大規模な計画が必要です」

実際のところ、加盟各国の予算拡張が難しいのであれば、共同債を発行する以外に資金調達の手段はない。

しかし、そうしたマクロン氏の主張にはドイツが抵抗しており、SAFEを通じて調達した資金の給付化や、それによる財政統合の推進が加速しそうな気配は現時点では感じられない。

ドイツはおよそ1年前、防衛費やインフラ整備など特定の支出を、憲法の定める借り入れ上限(財政収支の均衡を義務付ける債務ブレーキ)の例外とし、借り入れを財源とする運用期間10年総額5000億ユーロの特別基金を創設した。防衛支出を容認するその動きを、金融市場も好感した。

ドイツで防衛費の大幅引き上げに憲法改正が必要な深い理由。メルケル時代が今終わる | Business Insider Japan

ドイツで防衛費の大幅引き上げに憲法改正が必要な深い理由。メルケル時代が今終わる | Business Insider Japan

しかし、それは欧州統合に積極貢献しようという態度への転向ではなく、あくまで自国のためだった。

フランスとドイツ、どちらの主張が正しいのかと問われれば、アメリカの(記事冒頭で触れたバンス氏やルビオ氏の発言から読み取れるような)欧州への態度に変更がないことを前提とする場合、マクロン氏に分があるだろう。

欧州全域の防衛力を向上させる目的のために、加盟国が応分のコストを負担するのは何も不思議なことではない。平和な時代が続いたために真面目に考える必要がなかっただけの話で、本来であればすでに用意されていて然るべき支出項目だ。

過去を振り返ると、欧州債務危機(2009年〜)やパンデミック(2020年〜)は、国境を超えて域内全体にダメージを負わせる深刻な事態だったからこそ、ドイツも納得せざるを得ず、前例のないスキーム構築に踏み切ることができた。

例えば、新型コロナ感染拡大(パンデミック)による打撃からの景気回復に加え、次世代に向けて持続可能な経済への転換を目指す復興基金「次世代(Next Generation)EU」がそれだ。

EU予算を裏付けに、2026年までに総額7500億ユーロの共同債を発行するもので、過半を占める3900億ユーロは返済不要の補助金として資金を必要とする加盟国に割り当てられ、残り3600億ユーロは要返済の融資に向けることとされた。

この「次世代EU」共同債を通じて市場から調達した資金の返済については、EUが独自財源(税金収入)で補てんすることとされ、復興基金が創設された当初は財政統合の一里塚として注目された。

そして、足元で起きている変化もやはり、国境を越えて域内全体にダメージを負わせる有事そのものだ。

であれば、たとえ時間がかかったとしても、最大1500億ドルを想定するSAFEの全部もしくは一部が実行に移されたとしてもおかしくはない。場合によっては、現在と異なるスキームへの変化を経て、防衛力強化のためのEU共同債というコンセプトそのものは実現に至る可能性が高いと筆者は考えている。

グーグルが他社製含むAIツールの社内活用を劇的に加速させるべく始めた「プロジェクトEAT」の全貌 | Business Insider Japan

グーグルが他社製含むAIツールの社内活用を劇的に加速させるべく始めた「プロジェクトEAT」の全貌 | Business Insider Japan

「EU4.0」への進化

フランスは自国で保有する核兵器をドイツと共有するという「ルール修正」の議論に踏み出したことで、欧州の安全保障戦略を再設計する一環として、EU防衛債の必要性を強調しやすくなった可能性がある。

繰り返しになるが、アメリカからの戦略的自立を進めるに当たって、防衛費の拡大がこれまで以上に重要になるのは間違いなく、それを賄(まかな)うだけの財政的余裕が各加盟国にないのであれば、共同債の発行による上乗せを検討する以外の選択肢はない。

また、不確実性の高まるドルに代わってユーロに基軸通貨としての役割を期待し、その可能性に関する議論も盛り上がる中、前節で触れた「次世代EU」共同債の2026年末での発行終了がそうした活発な議論の切れ目になることのないよう、EU防衛債の実現はその意味でも重要になる。

欧州債務危機やパンデミックなど有事を乗り越えるたび、欧州は(ドイツの抵抗に遭いながらも)大きな構造変化を受け入れてきた。

欧州連合条約(マーストリヒト条約)によって誕生した「EU 1.0」は、欧州債務危機からの復興を目指すプロセスで救済基金や欧州中央銀行(ECB)の非伝統的政策を導入し、「EU 2.0」へのバージョンアップを遂げた。

さらに、パンデミックからの復興を目指して共同債の創設に向けた先鞭をつけることで、「EU 3.0」へのアップデートを果たしたと筆者は整理している。

本稿で取り上げた防衛力向上のためのEU共同債が恒久的な制度となった場合、それは「EU 4.0」への進化と位置づけていいだろう【図表2】。

【図表2】欧州連合(EU)の発展段階イメージ。【図表2】欧州連合(EU)の発展段階イメージ。出所:各種資料より筆者作成

筆者の本音としては、ユーロ圏の発足から積年の課題とされてきた財政統合がこうやって机上の空論ではなく、欧州の将来を左右する実質的な議論の俎上に載っているだけでも、相当大きな進歩だとは思うのだが。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。