パニック障害などの精神疾患や発達障害のある人たちが自らの経験を語るイベントが高知市で開かれています。取り組みの魅力と、参加者の女性の思いを取材しました。

精神疾患や発達障害のある人たちが、“生きている本”となって自らの経験を語るイベントがあります。
高知県立大学・永国寺キャンパスで開かれている「ヒューマンライブラリー」です。
社会から、誤解や偏見を受けやすい人たちとの対話を通して、自分の中にある固定観念に気づいてもらいたいと、2000年にデンマークのNGOによって開かれたのが始まりです。

その後、世界中に広がり、日本では2008年に京都で初開催され、県内では、2022年から県立大学助教授の玉利麻紀さんが主体となって活動に取り組み、2025年に定期開催が始まりました。

実際の図書館と同じように参加者は読者となって、受付で生きている本を借り、約30分間、対話形式で「その人の人生」を”読み”ます。

生きている本の人たちは、精神疾患や発達障害・アルコール依存症の経験者など、1人1人違った背景を持っています。その中の一人、いおさんは発達障害があり、ひきこもりやうつ病を経験しました。

■いおさん
「6歳の時に母が突然蒸発して、人生最初の精神が消耗する大きなきっかけの出来事が訪れました。今も1日外に出ない日はあります。でも、心はほとんどひきこもっていません。トラウマも病気も、まだまだ抱えています。発達障害は一生涯の付き合いです。ですが、少しずつもらった希望を糧に生きていこうという気持ちが芽生えました」

高知でも、人々の中にある偏見や誤解をなくしていきたいと始まった取り組みでしたが、当事者である生きている本の人たちが、自分らしく活動できる場にもなっています。

■高知県立大学 助教授・玉利麻紀さん
「やり始めてすごくびっくりしているのは、生きている本の皆様が、すごいイキイキと自ら主体的にこの活動を作り上げてくれているんですよね。なぜ、こんなに自らのことを語る言葉を持っているんだろう。それだけしんどい思いもして、世間とのぶつかりというか違和感とか、そういう中で言葉にしていった営みが、生きている本の皆様の背景にはあるんじゃないかなと推測する」

生きている本の中に、もともとは精神疾患に偏見やマイナスイメージを持っていたと話す女性がいます。

千頭実句さん。突然の動悸や、呼吸困難などの発作が繰り返し起こる病気であるパニック障害の当事者です。

■千頭実句さん
「精神疾患なんて自分とは無縁だと思っていた大学時代、友人とパニック障害の人って電車とか乗れないんでしょ。大変よね、なんて他人事のように話していた。でも、ある日プライベートでの挫折をきっかけに体に異変が生じた。息が吸えない、手足がしびれて硬直する、景色が揺れる、あまりの恐怖にベッドから転げ落ち、固くて冷たい床の上で突っ伏した。人生で初めて死がよぎった瞬間だったと思う」

パニック障害を発症してから約7年。なぜ自らの経験を語ろうと思ったのか。高知市の自宅を訪ねました。

パニック障害の発作が起きたのは、社会人になって4年が経った頃。
診断を受けた日のことを、今でも鮮明に覚えています。

■千頭さん
「診察室で、泣きわめていたのを覚えている。自分自身が精神疾患というものに対しての偏見とかを持っていた影響もあったので、すごく自分がなりたくないものになってしまったのが一番。精神疾患なんて、どうやって治せばいいんだっていう。治らないもののイメージがあったので」

千頭さんが苦しんだのは、突然、過呼吸状態となり、それが2~3時間にわたって続くという発作。いつどこで、何をきっかけに発作が起きるか分からない恐怖で、外出もできませんでした。

■千頭さん
「同世代がどんどん先にいっている。結婚とか仕事とかで、社会に出て進んでいっている様子を見て、自分自身が置いていかれている。その不安がずっとつきまとっていた」

病気になった自分を責め続ける毎日が続きました。

最初は、病院でもらった薬をのむことにも抵抗感があったといいますが、薬剤師をしている弟のアドバイスを受けながら服用。薬が体にあっていたことで、徐々に回復の兆しが見えてきました。

そこで、次に千頭さんが取り組んだのが、認知行動療法と呼ばれる、不安や恐怖感を取り除く考え方を身に付けていく治療法です。

■千頭さん
「薬のおかげでよくなったようには思ったが、私の中でやっぱり、今までの自分の考え方とか物事に対する捉え方、受け止め方を根本を変えないと、また同じことの繰り返しになるんじゃないかというのがすごくあって」

両親の存在も、千頭さんにとって大きな支えとなりました。

■千頭さん
「働けなくなって、ごめんなさいって言った時『そんなん大丈夫』と言ってくれたのが、すごいぼろぼろ泣いて。覚えてる?母が、あんまり責めないでいてくれた。何がしんどいの?何が辛いの?って原因を聞かなかった。私の過ごしたいように過ごさせてくれたのが大きかった」

いま、自分の経験を人前で話しているのは、必死に生きようともがいていた過去の自分を救うためでもあると、千頭さんは言います。苦しんでいた頃の自分に、かけたい言葉があります。

■千頭さん
「踏ん張ってくれてありがとうって。絶対、大丈夫になるから、今すごいしんどいし、先も全く見えんし、怖くてたまらんかもしれんけど、絶対大丈夫になるきねって言ってあげたい」

自分の経験が、同じように苦しむ誰かの心を支えられるかもしれないと、千頭さんは他の当事者をサポートする活動にも取り組んでいます。

この日、千頭さんが参加したのは、障害のある人が自分の体験をいかして、他の障害のある人の相談相手となるなど、様々な支援活動を行う「ピアサポーター」が集まる会議。千頭さんは、活動のあり方などに積極的に意見を出しました。

■千頭さん
「ピアの活動を受け待ちじゃなくて、ピアの方から出ていって、こんなんあるけどどうやろ?っていうので、興味があったらっていうのをやっていきたい。そういう場とか時間を設けれたらいいなと」

病気になったからこそ、そうなる前の自分より自分らしい生き方が出来るようになったと千頭さんは言います。

■千頭さん
「私にしかできないことがあると気づけたことが、本当に大きく自分自身が変わったかなと思う。高知県の精神保健福祉を風通しの良いものにしたい。当事者の目線からというのがすごく大きな目標であり、当事者の方の選択を信じてもらえる。そういった呼吸がしやすい社会にしていきたい」

不安と恐怖の中、なんとか生きようと踏ん張った自分のため。
同じ苦しみの中にいる誰かの心にそっと光を灯すため。

千頭さんは自らの過去を、ありたい未来の自分の姿を、言葉にし続けます。