NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」では、小泉夫妻をモデルにしたトキとヘブンの熊本移住が描かれる。史実はどうだったのか。歴史評論家の香原斗志さんは「転居の理由は熊本の高等学校の招聘に応じたから。ただ、ハーンにとって熊本での生活は耐えられるものではなかった」という――。

※ 2月9日以後のネタバレを含む可能性があります。

ラフカディオ・ハーンと妻のセツ
ラフカディオ・ハーンと妻のセツ(写真=富重利平/Japan Today/PD US/Wikimedia Commons)

小泉夫妻が松江→熊本に移住したワケ

梶谷吾郎(岩崎う大)が「松江新報」に「松野トキさんがヘブン先生と夫婦になったことで、松野家はすべての借金をヘブン先生に返してもらい……」と書いたことで、トキ(髙石あかり)と松野家の人々に向けられる松江市民の視線は一変した。

トキは「ラシャメン」、つまり「金で買われた異人の妾」だったと決めつけられ、人々から怒声や罵声ばかりか、石まで投げつけられるようになってしまった。そこでヘブン(トミー・バストウ)は決断する。トキに「ワタシ、ジブンノココロ、キク、シマシタ」というので、なんのことかと思えば、話は「マツエ、ハナレル、シマショ」と続いたのだった。NHK連続テレビ小説「ばけばけ」の第18週「マツエ、スバラシ。」(2月2日~6日放送)。

ヘブンは第19週「ワカレル、シマス。」(2月9日~13日放送)で、松江を離れたい理由を「サムイ」からだと説明する。「マツエ、フユ、ジゴク」だからだと。トキはそれに納得せず、松江からの転居を断固拒否する姿勢を示す。

だが、しばらくして、ヘブンが松江を離れようと思い立った理由は、寒いからではなかったことが判明する。トキを知っている人がおらず、「ラシャメン」だと揶揄されずに済む町に移住することで、トキを守りたいと考えたのだった。

月給2倍というオファー

こうしてトキとヘブンは松江を離れて熊本に旅立ち、トキの養父母の司之介(岡部たかし)とフミ(池脇千鶴)も同居することになる。

トキのモデルの小泉セツと、ヘブンのモデルのラフカディオ・ハーン(のちの小泉八雲)が松江を発って熊本に向かったのは、明治24年(1891)11月のこと。司之介のモデルの稲垣金十郎とフミのモデルのトミ、さらに「ばけばけ」では松江に残る勘右衛門のモデルの万右衛門、つまりトキの養祖父も遅れてやってきた。

転居の理由は、熊本の第五高等学校(現・熊本大学)の招聘に応じたからで、「ばけばけ」のヘブンのように、セツが揶揄されずに済む環境に移ろうと考えたのかどうかはわからない。ただ、松江時代よりも経済的な余裕が生まれたことはまちがいない。

熊本大学五高記念館(旧・第五高等中学校本館)
熊本大学五高記念館(旧・第五高等中学校本館)(写真=MK Products/CC-BY-SA-3.0-migrated-with-disclaimers/Wikimedia Commons)

というのも、月給は松江時代にも100円(現代の金額で200万~300万円ほどか)と、知事並みの高給だったのが、さらに2倍の200円になったからである。このため、現在も熊本市内に移築保存されている広い屋敷には、セツの養父母、養祖父だけでなく、松江から呼び寄せたり熊本で雇ったりした複数の女中が同居し、そのうえ学生をはじめさまざまな人が入れ代わり立ち代わり寄宿したという。