「ハクシュ(拍手)シロ!」

 傷だらけの大男が技を決めてそう叫ぶと、観客がどっと沸く。メキシコ人レスラーのビオレント・ジャックが繰り出す“つかみ”のフレーズだ。

 プロレスリングFREEDOMSの現シングル王者であり、世界トップクラスのデスマッチファイターは、2018年から日本に住んでいる。日本人女性と結婚して娘も生まれた。今では試合後のコメントや取材陣とのやり取りもすべて日本語。このインタビューもそうだ。

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「子供の頃からルチャ(・リブレ。メキシコのプロレス)が大好きで、12歳の頃にはライブの試合を見に行ってた。同じ頃にジムにも通い始めて」

 ジムとはレスリングスクールのこと。日本ではプロレス団体に入門するのがレスラーへの道として一般的だが、メキシコでは会費を払ってスクールで学び、ライセンスを取得する。

「血が出るだけじゃなくモノを壊すのが…」

 凶器の使用が認められるデスマッチ、ハードコアマッチに魅了されたのもこの頃だ。

「ルチャにも血がたくさん出る試合はあったけど、ラダー(ハシゴ)とかテーブルを使うハードコアはビックリした。血が出るだけじゃなくモノを壊すのが、音楽のパンクみたいなバイオレンスな感じで」

 デスマッチの映像を見まくった。VHSが多かったそうだ。日本のデスマッチ・レジェンドである松永光弘の試合を特集したソフトもあった。

「ピラニアデスマッチとかね。凄かった。日本のデスマッチはスタジアムで(大会を)やってるのもビックリした」

 スクールでの練習は、最初は土曜日だけ、ティーンエイジャーだけの「イージーな練習」だった。半年後にプロのトレーニングに加わる。週3回、2時間ずつの練習を2年ほど重ねて「2004年、15歳くらいで」デビューを果たす。

 生まれ故郷の地方会場からスタートし、17歳になると試合も増えていった。ただ当時のジャックは学生だった。

「そのうち大学にも行って、サイコロジー(心理学)の勉強をして。学校が終わって、そろそろプロレスをやめて何か仕事を探さなきゃって」

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