2023年に発表された「スタートアップ、スケールアップ」調査報告書で、レイチェル・リーブス財務相は英国を「高成長スタートアップの世界的中心地」にすると約束した。新政権発足からおよそ半年が経ったいまも、起業家たちは労働党が掲げた公約に勇気づけられている。「[国営クリーンエネルギー会社]Great British Energy設立および2030年という脱炭素化目標に込められた野心は、まさにわたしたちにとって必要であり、結実しうるものです」と、グリーンテック系スタートアップOpnaのCEO、シルピカ・ゴータムは労働党のエネルギー政策について語る。「米国のインフレ抑制法のような、他国の革新的な政策や資金調達法に英国が追いつくときが来たのです」

Field社の設立者アミット・グドカも同意見だ。「2030年までに陸上風力による発電量を2倍、太陽光発電を3倍、洋上風力発電を4倍にするという労働党の計画を歓迎します。この計画は大胆ですが、政府が引き続き明確な政策決定を行ない、安定した政策策定と規制の環境を保てば、非現実的ではありません」。ヘルスケアなど他のセクターの人々も同様に、慎重な見方を保ちながらの楽観論を語る。「いまや労働党にはNHS[編註:英国の国営医療保険制度]を本格的に改革する権限があり、特にウェス・ストリーティング保健大臣は現実的な考えをもっているように思えます」と、Lindus Healthの共同設立者であるメリ・ベックウィズは言う。「彼は、民間企業と協力してNHSが抱える大きな課題に取り組もうとする意欲を示しています」

ただし、14年間続いた保守党政権が残した現実によって、当然ながら期待感にはブレーキがかかる。例えば早くも6月、政府は前政権が約束していたテクノロジー・人工知能(AI)関連プロジェクトへの13億ポンド(約2,560億円)規模の支出を棚上げしなければならなかった。実際にはそのプロジェクトに具体的な資金がいっさい割り当てられていなかったからだ。「期待すべきは、英国の産業界と学界がインフラ構築のためのリソース発掘手段をほかで見つけることです」とPhysicsX社の設立者でコーポレート担当責任者(CSEO)のロビン・トゥルイーは言う。「財務相と労働党政権は非常に厳しい財政上の選択をしなければならないから大変でしょうね」

Robin AI

Robin AIは、誰でも法律関連の問題を解決できるようにサポートする法務アシスタントAIを開発している。「法律をもっと身近なものにしたいと思ったんです」と、以前は企業顧問弁護士としてBoies Schiller Flexnerに所属し、現在はRobin AIのCEOを務めるリチャード・ロビンソンは言う。「当社は大手法律事務所のタイムチャージ制を利用して請求額を水増ししたりしません。われわれが提供するのは、法律事務所のためだけのAIではなく、あらゆる事業のための法務AIです」。ロビンソンと機械学習研究者のジェームズ・クラウが19年に共同設立したRobin AIの法務アシスタントAIは、すでにPepsiCo、PwC、Yum! Brandsなど数百の企業で利用されている。ロビンソンによると、自社の最新製品であるRobin AI Reportsは、数分で何百もの契約書を分析してひとつのレポートにまとめることができるので、企業は以前なら数週間かかっていた法務作業(買収監査など)を数時間で片づけられる。同社はシンガポールを拠点とするTemasekから2,600万ドル(約40億円)を調達し、ロンドンとニューヨークのオフィスに加えて最近にはシンガポールにもオフィスを開設した。robinai.com

Gaia Family

「青い毛布に包まれた赤ちゃんのイメージを前面に出していない不妊治療クリニックのウェブサイトをひとつでも見つけられるか、探してみてください」と、Gaia FamilyのCEOであるネイダー・アルサリムは言う。「でも、どうやってその赤ちゃんにたどり着くのか、さらにはそもそもたどり着けるのか、という情報ははるかにわかりにくいのが現状です」。この言葉はアルサリムの実体験によるものだ。彼の妻は3年間にわたって5回の体外受精を受け、ようやく子どもを授かった。「治療の結果や治療費に関する透明性が足りていません。みな、総請求額がいくらになるのか、治療でどこまでできるのかを知らないまま体外受精を始めるのです」。アルサリムはこの問題を解決するためにGaiaを立ち上げた。同社は顧客から前払金を受け取り、最大3度の体外受精に関わる費用をすべて負担する。顧客は実際に子どもを授かった場合のみ、費用を分割で後払いする。「大規模な公開データに機械学習を適用して不妊治療の結果を予測し、治療が失敗した場合の金銭的リスクはこちらで引き受けます」とアルサリムは言う。これまでに2,300万ドル(約35億円)以上を調達している同社のサービスは現在、英国、スペイン、ギリシャ、米国で利用可能。gaiafamily.com

GetHarley

「わたしは人生のさまざまな局面で、ニキビ、脂漏性皮膚炎、アトピー性皮膚炎に悩まされてきました」と、GetHarleyのCEOであるシャーメイン・チョウは言う。「自分に効き目のあるものを探して、膨大な時間とお金とエネルギーを無駄にしたこともあります。オンラインで医師と直接話せて、入手が難しい医療用製品をタイムリーに自宅に届けてくれるサービスがないものかと思いました」。しかしそのようなサービスは存在しなかったので、チョウは自身で始めることにした。彼女が19年に立ち上げたGetHarleyは、オンライン相談および医師とのマッチングを行なうプラットフォームで、英国およびアイルランド全土の1,500人の肌治療専門家が属するそのネットワークは現在15万人以上のユーザーが利用している。「設立以来、当社は毎年3桁台の成長率を記録しています」とチョウは言う。「また、500以上の製薬ブランドと提携しているので、医師はブランドに縛られず患者個人に合った肌治療計画を立てることができます」。24年8月、同社はIndex Venturesを筆頭に5,200万ドル(約80億円)を調達した。getharley.com

GetHarleyの設立者でCEOのシャーメイン・チョウ。

GetHarleyの設立者でCEOのシャーメイン・チョウ。

PHOTOGRAPH: JACK LAWSONLindus Health

「わたしがVC投資家だったときに会ったバイオテック系企業はみな、臨床試験について同じ不満を抱いていました」と、Lindus Healthの共同設立者であるメリ・ベックウィズは言う。「いつも予定より遅れ、費用は予算を超えてみるみる高くなっていました。でも、誰もその原因を説明できませんでした」。やがてベックウィズは、治験を監督・代行する第三者機関、いわゆるCRO(医薬品開発業務受託機関)が犯人だと気づいた。「臨床試験の結果が悪ければ悪いほどCROは儲かると聞きました。それがこの業界の汚い秘密なのです」。ベックウィズとマイケル・ヤングが設立したLindus Healthは、CROが用いる古臭い手法を取り入れず、臨床試験における段階の多くをテクノロジーで自動化する。これにより、平均して通常の半分の時間で臨床試験を完了できる。「例えば、リアルタイムの臨床試験モニタリングは予算の半分を占めることもあります。CROは現場に人を派遣して書面の記録を調べるやり方でこれを行なっています。一方、当社のソフトウェアはデータを直接取り込みます」。これまでに1,800万ドル(約27億5,000万円)を調達したLindusは、すでに91の臨床試験に関与してきた。lindushealth.com

Field

Fieldの大型バッテリーを用いれば、電力網は供給が多いときに再生可能エネルギーを蓄え、需要があるときにそれを放出することができる。同社は21年、かつてのBulb社の共同設立者であるアミット・グドカによって立ち上げられた。設立から1年後、Fieldはグレーター・マンチェスター地方オールダムで自社初となる容量20メガワット時のバッテリー貯蔵施設を稼働させた。「英国とフランスの間で電力を輸送している大規模海底ケーブルが23年のクリスマス前に不具合を起こした際には、安定した電力供給と停電回避のために当社の施設も大きな役割を果たしました」とグドカは言う。「当社のものを含め、国の各地に多くの蓄電施設がなければ送電網全体が不安定になっていたでしょう」。Fieldは中国のメーカーから仕入れたリン酸鉄リチウムイオンバッテリーを使用し、その他のバッテリー部品は欧州から輸入している。これまでにDIF Capital Partnersから2億ポンド(約400億円)を調達し、すでにイタリア、ドイツ、スペインに事業を進出させている。現在は英国内に3つの蓄電施設を建設中で、合計容量は190メガワット時に及ぶ。field.energy

Opna

17年、シルピカ・ゴータムは世界で初めてスタンドアップパドルでガンジス川全長を渡りきった。「旅の途中、再生可能エネルギーや林業関連のプロジェクト開発者を紹介されましたが、誰もが同じ問題を口にしていました。先行資金がないとプロジェクトを始められない、と」とゴータムは言う。22年に彼女が立ち上げたOpnaは、有望な二酸化炭素除去プロジェクトに資金を提供して進捗を知りたいと考える企業を支援するプラットフォームだ。「当社の使命は、スピード・規模・公平性をもって気候変動と闘う質の高いプロジェクトに資金を供給することです」と彼女は言う。グローバルサウスを中心に世界中で45以上のプロジェクトと連携してきたOpnaは、森林農業、ブルーカーボン、バイオ炭、直接空気回収技術など、炭素除去による恩恵をもたらすセクター、特に地域社会や生物多様性への影響を重視したプロジェクトに焦点を当てる。「プロジェクト開発者が提供する情報の完全性を検証し、プロジェクトに伴うあらゆるリスクを検討します」とゴータムは言う。「当社の標準化された調査プロセス、契約プロセス、ポートフォリオ管理ツールにより、投資者は数十万ドルのコストを削減し、契約までの期間を短縮できるほか、数年間にわたって二酸化炭素除去プロジェクトのポートフォリオを管理し続けることで、ネットゼロを目指すうえでのリスクを軽減できます」。OpnaはAtomicoが主導するシードラウンドで650万ドル(約10億円)を調達した。opna.earth

気候系フィンテック企業Opnaの設立者兼CEO、シルピカ・ゴータム。

気候系フィンテック企業Opnaの設立者兼CEO、シルピカ・ゴータム。

PHOTOGRAPH: THOMAS MEYERSylvera

Sylveraはカーボンオフセットプロジェクトの成果を検証・評価し、買い手企業がカーボンクレジットを購入する際により多くの情報に基づいて意思決定を行なえるようサポートする。機械学習アルゴリズムを用い、衛星やLiDAR(=光による検知と測距)スキャンなどから得たさまざまなデータに基づいて、プロジェクトのカーボンオフセット効果や報告の正確さなどを評価する。「わたしたちはプロジェクトの評価を正しく行なうことに強くこだわっています」と、同社CEOのアリスター・フューリーは言う。「正しい結論に確実に行き着くために何度もテストを重ねるので、ひとつのプロジェクトの評価と分析をまとめるのに最大120時間かかることもあります」。24年5月には、バイオ炭や埋立メタンなどに関するさまざまなプロジェクト約20,000件の概要を投資家が閲覧できるSylvera Catalogを立ち上げた。23年7月にはBalderton Capitalが主導するシリーズBラウンドで5,700万ドル(約87億円)を調達し、20年にフューリーとサム・ギルが設立して以来の外部からの投資総額は9,600万ドル(約147億円)に達する。sylvera.com

PhysicsX

PhysicsXは、航空宇宙、自動車、エネルギー、半導体などの業界のエンジニア向けに機械学習を用いたシミュレーションを行なう。「今後、AIを活用した物理・化学シミュレーションは、複雑なエンジニアリングや製造に根本的な変革をもたらすでしょう」と、同社CSEOのロビン・トゥルイーは言う。「当社の技術は、従来型のシミュレーションモデルを『大規模物理モデル』に置き換えます。このモデルは従来の数値シミュレーションと同等の精度をもちながら、実行時間は1秒以下です。物理シミュレーションを1万~10万倍高速化できるのです」。トゥルイーによると、具体的な社名は明かせないが顧客にはすでにF1上位チームや、大手の自動車会社および再生可能エネルギー会社などがいるという。メルセデスのF1チームでチーフサイエンティストを務めた経験もある宇宙物理学者のトゥルイーと、データサービス企業QuantumBlackの共同設立者であるジャコモ・コルボによって設立されたPhysicsXは、General Catalystが主導する投資ラウンドで3,200万ドル(約50億円)を調達した。physicsx.ai

欧州におけるVC資金の流れ
23年第4四半期から24年第3四半期までの各産業分野のVC取引総額(10億ドル単位)

Newcleo

原子力技術系スタートアップのNewcleoは、核廃棄物を燃料にする小規模の原子力発電所を開発している。物理学者のステファノ・ブオノが21年に設立した同社は、すでに4億ユーロ(約655億円)以上を調達し、英国、フランス、スイス、イタリアの15のオフィスに750人以上の従業員を擁している。24年、Newcleoはカンブリアに発電所を建設する計画を中止し、代わりにフランスのエマニュエル・マクロン大統領による直接の働きかけによってフランス南部で40億ポンド(約7,880億円)のプロジェクトを始めることを選択した。イタリアにも試験施設が建設中で、2030年には初の容量30メガワット時のプロトタイプ施設の建設が計画されている。newcleo.com

Volt

Voltは、加盟店がリアルタイムで直接支払いを受けられるオープン型の決済プラットフォームである。「1950年代に考えられて実装された技術を基盤にしているこの業界は、ディスラプトを起こすべきときにあると思いました」と、VoltのCEOであるトム・グリーンウッドは言う。「リアルタイムの決済を可能にする新世代の決済インフラが登場すべき時代だと」。グリーンウッド、ステフェン・ヴォラート、ジョーダン・ローレンスによって設立されたVoltは現在、欧州、英国、ブラジル、オーストラリアなどの31カ国でサービスを展開している。23年6月には、IVPが主導するシリーズBラウンドで6,000万ドル(約90億円)を調達した。顧客にはFarfetch、Xe.com、Worldpayなどがある。volt.io

※この記事は『WIRED』UK版24年11月/12月号に掲載されたものです。