地域経済を支える企業や業界をリードする人々にも新人・若手時代があり、誰もが失敗や苦労を乗り越えてきた。愛媛の経済人に成長のきっかけとなったエピソードなどを語ってもらう「私のスタートライン」。今回は、愛媛信用金庫の川村純司常務理事が、若手時代の経験などを振り返る。愛媛新聞ONLINEでは「駆け出し時代の記憶」と「未来を担う世代へ」の2部構成で、川村さんへのインタビューを一問一答形式でご紹介する。

【かわむら・じゅんじ】
1971年生まれ、新居浜市出身。岡山理科大卒。1994年愛媛信用金庫へ入庫。経営企画課長・経理課長、経営企画部長などを経て、2021年6月常勤理事・経営企画部長。2024年6月から常務理事。

【愛媛信用金庫】
1951年、前身の今治市信用組合として設立。1969年に松山信用金庫と合併し、愛媛信用金庫となった。本店は松山市二番町4丁目。役職員数520人(2025年4月時点)。採用人数は2025年4月が25人。2026年4月は35人程度を予定する。2025年3月期の経常収益は113億4300万円。

 

駆け出し時代の記憶

 

若い頃の経験を振り返った川村さん

川村さんは1994年4月に愛媛信用金庫へ就職されました。就職先を選ぶにあたって重視したこと、なぜ愛媛信用金庫を選んだのかを教えてください。 岡山理科大学の理学部応用数学科を卒業しましたが(応用数学科の就職先で)多いのはシステム系の会社でした。パソコンによるデータ処理が一般的になってきて、プログラムを作る仕事も多くなってきていた時期です。ただバブル崩壊の後ということもあってか、先輩が就職した会社の中には経営が傾いたり、給料が下がったりするところもあり(業界の先行きは)あまりいい印象を持てない時代だったと思います。

 それで私は、金融業界や食品業界を中心に就職活動をしていた覚えがあります。地元の愛媛だけでなく、進学先の岡山も選択肢に含めていました。

 金融機関に興味を持ったのは、アルバイトをしていた飲食店の運営会社の社長さんが信用金庫と取引をしていて「(就職先に)いいよ。私たち中小企業は助けられている」というような話を聞いたのがきっかけです。実際、愛媛信用金庫を受けてみると・・・

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