没後40年を経て、いまあらためてその魅力に注目が集まる画家ジュアン・ミロ。カタルーニャ州と、マヨルカ島にその足跡をたどると、各地でミロが感じたことを追体験できる。ミロと同時代を生きたダリ、ピカソの三大巨匠のアートで華やかに彩られるスペインの地を旅した。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅*スペイン大使館観光部のロゴマークは、ジュアン・ミロがデザインしました

アートの街、バルセロナで花開いたミロ

ミロがバルセロナに生まれたのは1893年。当時のバルセロナは繊維業が盛んで、スペインを代表する産業都市としてまさに発展中でした。その少し前には旧市街を囲んでいた城壁がなくなり、都市計画家イルデフォンソ・セルダの都市計画で現在のアシャンプラ地区などにどんどん街が広がっていった頃です。アシャンプラ地区にあるサグラダ・ファミリアの建設はすでに1882年から始まっています。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅バルセロナ・エル・プラット空港ターミナル2(T2)の壁面に広がるミロのモザイク。2024年3月には、この作品を利用客の多いT1へ2年かけて移動させると発表が(Photo: Marc Vila Puig)

ガウディは新市街地で富裕層の個人住宅であるカサ・バトリョやカサ・ミラの建築を担当し、街の顔を変えてゆきました。馬車から路面電車、20世紀初頭には自家用車も登場した時代。人々の移動も生活も目まぐるしいスピードで変わっていったに違いありません。そんな時代に旧市街ゴシック地区に生まれたミロは、まさに都会っ子だったのでしょう。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅カサ・ミラ(通称:ラ・ペドレラ)では、開館日の19時から22時まで、1時間30分かけて巡るナイトツアーもおすすめ。ミラ邸見学に、カヴァ(スパークリングワイン)のサービスまでついて、特別な訪問になるでしょう。また、早朝の開館前にも見学できる日本語ガイド付きツアー「ラ・ペドレラ・サンライズ」もあります(Photo: Marc Vila Puig)

旧市街では当時から営業している老舗がまだ数軒残っています。1851年創業のナッツ屋さん「カサ・ジスペール」もそのひとつ。カタルーニャ州のレウスで採れたナッツを毎朝トーストする機械も健在です。ほかにも、有名なパティスリーの「エスクリバ」や、芸術家たちのたまり場だったレストラン「クアトレ・ガッツ」も旧市街の散策先としておすすめです。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅創業1851年カサ・ジスペールは、カタルーニャ州レウス産のナッツを当時からの機械で、毎朝トーストしています(小林由季撮影)画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅(左)毎年イースター時期に巨大なチョコ細工を作ることでも有名なエスクリバは1906年創業(右)芸術家たちのたまり場だったレストラン「クアトレ・ガッツ」も旧市街での一息にぴったり(Photo: Marc Vila Puig)

海からも近いゴシック地区は小道が入り組んだ迷路のような地区。カテドラル(大聖堂)やガウディの初期の作品の街灯があるレイアール広場も見逃せません。石造りの建物に囲まれGPSが時々途切れることもあるので、人通りの多いランブラス通りをメインに歩くのがいいかもしれません。通り沿いの「ラ・ボケリア」の名で親しまれるサン・ジュセップ市場ではおいしそうな生ハムやフレッシュフルーツの誘惑に身を任せても。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅観光客がひきもきらないランブラス通り。突然足元に現れるミロのモザイクに足を止める人も多い(Photo: Marc Vila Puig)

市内で最も緑濃いモンジュイックの丘には、ジュアン・ミロ財団があります。1975年建築のこの財団(美術館)には総計1万4000点に上るミロの作品と文献などが保存されています。絵画作品は236点。なかなか日本では目にすることができない初期作品も魅力なら、巨大なタピスリー作品もこの財団で鑑賞すべき作品のひとつです。ジュアン・ミロ財団ディレクターのマルコ・ダニエル氏は「ミロほどの内向的な人間が、世界にこれほどのインパクトを与えたことが奇跡的」と言います。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅モンジュイックのミロ財団。近代建築でありながら、周囲の自然と全く違和感のない空間(小林由季撮影)

ダニエル氏は、「ミロはバルセロナとカタルーニャ州に深くコミットしながら20世紀の芸術性の方向を変えた人物。彼自身は内向的だが、その作品は全く内向的ではない」と称します。その寛容なミロは「空港から来る人々に巨大な壁画で、船で来る人々にランブラス通りのモザイクで、陸からアクセスする人にはジュアン・ミロ公園の彫刻で、歓迎の意思を示しているのです」。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅「実は館長としての仕事より、1万4千点のミロの資料をずっと研究していたい」と笑う館長のマルコ・ダニエル氏(Photo: Marc Vila Puig)

ミロはカタルーニャ州の街と自然にルーツを置きながら、普遍的で国際的な作品を作り上げてゆきました。ミロは自分の作品のみならず若い世代を支えること、民主主義の観点から芸術を特別なものではなく市民と共有することが、芸術家の重要なミッションと考えていました。成熟期にあったミロはバルセロナのジュアン・ミロ財団の建築をミロの友人でル・コルビュジエなどに影響を受けたカタルーニャ人建築家ホセ・ルイ・セルトに依頼します。

ミロはこの財団の建設にあたり、霊廟(れいびょう)のように過去の作品が並ぶだけの空間ではなく、活動的な生きたミュージアムを希望しました。ゆえに常設展だけでなく現代作家の企画展やセミナーも活発な美術館です。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅ミロ財団には巨大なタピスリー作品も展示されています(Photo: Marc Vila Puig)タラゴナ県モンロッチ、ミロ覚醒の田舎家

バルセロナから車で地中海沿いに1時間15分ほど南下すると、カタルーニャ州タラゴナ県モンロッチで、ミロが画家として目覚め、創作の原点となった田舎家「マス・ミロ」 にたどり着きます。

ミロは、バルセロナの時計職人で厳しい父の意向のもと商業学校を終えると、薬商で経理係に就職しました。しかしミロは、ストレスもあり病気に。1911年、両親のこのモンロッチの別荘で2カ月間療養し、画家になることを決意しました。その後バルセロナで美術学校を修め、絵画創作を通じて街の美術界のキーパーソンたちと出会ってゆきます。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅モンロッチ侯爵邸だった建物をミロの両親が1911年に購入。家族の避暑地に(Photo: Marc Vila Puig)

ミロは生涯の夏の多くをここで過ごしています。70年代までミロとその家族が使っていたこの田舎家の家財道具は当時のまま。暖かな日差しの入る東向きの食堂には使い込まれた食器が並び、アトリエには彼が使ったままの筆、壁には彼が最後に来た1976年9月のカレンダーが。家屋の前に広がるアーモンド畑。風に揺れるオリーブの木々。ミロのインスピレーションの原風景を体験できる場所です。

彼は使用人の農夫たちとも食卓を囲み、農園の仕事も学んだそう。彼は絵画だけでなく、彫刻、陶芸、オブジェと多岐にわたる分野で創作を続けました。自らを畑を世話する農夫にたとえ、様々な野菜に適当な収穫時があるように、いくつもの作品を同時に世話をしながら育てるのだと言いました。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅この部屋で自家製ワインを飲みながら、どんな芸術談議が繰り広げられたのだろう、と思うとワクワクします(Photo: Marc Vila Puig)

この田舎家を画家のカンディンスキーやマティス、彫刻家のカルダー、作家のヘミングウェイも訪ね、彼と食卓を囲んでいます。ミロは、家に隣接するボデガ(ワイン蔵)の自家製ワインを振る舞うのが大好きだったそうです。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅「木を見るだけで衝撃を受ける。木々は人間的だ」と言ったミロが刻んだ「目」(Photo: Marc Vila Puig)

人間のように呼吸し話す存在として自然を捉えていた彼ですが、裏庭にあるアルガロバ(イナゴマメ)の木には、木の幹のコブに合わせてミロが刻んだ「目」が来館者をのぞいています。

木漏れ日と風の音しかしない家の中を歩いてみると、病身のミロがここで自然と巡り合い、それを表現しようとした決意も納得がゆきます。

カタルーニャに深い関係がある三大巨匠

ミロは第1次世界大戦後の1920年、パリに初めてピカソを訪ねました。ピカソの創作を鑑賞し、滞在中はショックで何も描けなかったとか。彼らの友情はその後も続きました。第1次世界大戦や疫病など従来の価値観が覆されるような社会を背景に、この時代の芸術家たちは伝統から絵画を解放し始め、様々なスタイルの抽象芸術が生み出されます。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅ミロ財団にかかる「Tela quemada 1」(1973・左)と「 Tela quemada 5」(1973)を制作したときにミロは80歳。純粋芸術への探究と抑制され秘めた情熱が、画面の外に飛び出してくるようです(Photo: Marc Vila Puig)

ミロは「絵画を殺したい」と、強い言葉を残しています。彼の作品は具象から離れ、ときには詩を組み込み、キュビズムやシュールレアリスムを踏襲しながら、独自のスタイルが1920年代後半には確立されてゆきます。1940年代には「星座(Constelaciones)」の作品に見られるように2次元に音楽のような時間性を描き込み、成熟期には日本美術に影響を受けて黒に意味をもたせ、80歳を過ぎてなお力強くキャンバスを切り裂き、焼いてみせました。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅オルタ・デ・サン・ジュアンはキュビズムを体感できる希少な場所(Photo: Marc Vila Puig)

1881年にスペイン南部のマラガで生まれたピカソも、青年期をバルセロナで過ごしました。市内のピカソ美術館はもちろんのこと、じつは彼の足跡がタラゴナ県内陸の人口1100人ほどの小さな村オルタ・デ・サン・ジュアンに残っています。この村には小さな「ピカソセンター」があり、1898年、1909年とたった2回のオルタ訪問の中で、ピカソがいかに抽象へたどり着いたかの過程を、キュビズム然とした山に囲まれた原風景の中で実感できます。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅ピカソセンターに展示されている複製画。オルタの村から眺めたサンタ・バルバラの山は、ピカソの2次元の中で、キュビズムに生まれ変わります(Photo: Marc Vila Puig)

一方1904年生まれのシュールレアリスムの巨匠ダリは、カタルーニャ州フィゲレス出身。彼は「ウルトラローカル」こそが普遍的であるとし、フィゲレス、そこから近いカダケスにも彼の分身である美術館を残しました。ミロ財団美術館がモニュメンタル性を否定しているのに対して、ダリはフィゲレスの美術館を自分の分身と考えました。死後は自らの身体もミュージアムの一部になって、ガラス張りのホールの地下に埋葬されているのです。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅(左)CGもない時代に、想像する奇抜なイメージを次々と実現したダリ。美術館はまさに彼の頭の中をのぞくようです(右)あれだけのパフォーマーだったダリの眠る床には、碑文もなにもありません。それが逆に象徴的な空間(Photo: Marc Vila Puig)画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅ダリが生前通ったフィゲレスのレストラン「ホテル・ドゥラン」のサルスエラ(魚介の煮込み)。地中海の海の幸がぎっしり(Photo: Marc Vila Puig)ミロの晩年、マヨルカ島

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅パルマ(マヨルカ島)(スペイン大使館観光部提供)

バルセロナから飛行機で1時間ほどのヨーロッパ有数のリゾート地マヨルカ島にある、バレアレス自治州の州都、パルマに、ミロの最後のアトリエがそのままに残され、美術館ピラール・イ・ジュアン・ミロ財団のコレクションとともに鑑賞できます。ミロの妻だけでなく母もマヨルカ島出身。ミロが若い頃からなじみのあったもう一つの自然です。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅マヨルカ島のミロのアトリエはパルマの高台に。アトリエと美術館も自然と共存するかのように、彫刻群が日差しを楽しんでいます(Photo: Marc Vila Puig)

パルマ市の南西部高台の海を望む場所に、1956年にアトリエが完成。このアトリエで「夢が実現した」とミロはあまりの感動に、作りたいものがたくさんわき上がったそう。その考えを整理したり、制作空間を入念に整えたりするのにも時間をかけたのだとか。このアトリエでミロは全作品の三分の一を制作したというのですから、作家の創作意欲にこの環境がどれほど影響したかは推して知るべし。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅光溢れるミロのアトリエ。画家の呼吸さえも聞こえるような静けさと、絵の具の匂い(Photo: Marc Vila Puig)

自然光、壮大な海を望み、四方から風が入るアトリエ。ときには裸足で制作していたミロのアトリエの床は、テラコッタのタイル。見学では彼が残した床の絵の具跡も踏まないように、慎重に歩きます。室内にいながら自然に囲まれたような温かみのあるこの部屋で、彼は彫刻、オブジェ、絵画など複数作品を同時進行で制作をしました。ミロは散歩の途中によく石や小枝などを拾ってアトリエに置き、これらがのちに絵画や彫刻のインスピレーションになってゆきます。そうしたモノたちもアトリエにそのまま息づいています。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅ミロの美術館では、光も大事な構成要素。広々とした館内で鑑賞するミロの大作は格別な印象を与えてくれます(Photo: Marc Vila Puig)

自分の型にとどまることをせず、最晩年まで常に新しい表現法を探求したミロ。アトリエ見学のあと美術館を訪ねれば、作家と二人きりで対話をしているような気持ちになります。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅海だけでなく山も楽しめるマヨルカ島。段々畑も島の顔のひとつ(Photo: Marc Vila Puig)

海のリゾートとして有名なマヨルカ島ですが、北部には1400m級のトラムンタナ山脈があり、「トラムンタナ山脈の文化的景観」は世界遺産にも登録されています。かつてオレンジ貿易で栄えたソジェール港では、路面電車が昔の趣のままに走ります。

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅19世紀オレンジの交易で栄えた島の北部にあるソジェール村には、州都パルマから1912年開通当時の趣を残す列車で行くことができます。ソジェール港には路面電車も(Photo: Marc Vila Puig)画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅マヨルカのマストアイテム、大きなデニッシュのようなエンサイマーダ。シンプルな強力粉生地とラード。お砂糖はふんだんに。空港にはこの箱を持つ人がたくさん(Photo: Marc Vila Puig)天才3人の根源となった土地

画家ジュアン・ミロの足跡をたどるカタルーニャ州とマヨルカ島の旅タラゴナ県の朝焼け。地中海と山々。芸術家たちの足跡を探れば、それは必ず自然にたどり着くのかもしれません(Photo: Marc Vila Puig)

ジュアン・ミロ財団ディレクターのダニエル氏は「この3人の天才がスペインに同時期に生まれたような偶然は、もう何百年も待たないと起こらないだろう」と語ってくれました。その3人の根源ともなったスペインの土地。街と地中海と山を見て歩けば、画家たちの目に何が映っていたのか、時代を超えて見えてくるのかもしれません。

For all the works by Joan Miró here reproduced:
© Successió Miró / ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2025 E5746

ミロ展 Joan Miró
・会期:2025年3月1日(土)~7月6日(日)
・休室日:月曜日、5月7日(水) ※ただし、4月28日(月)、5月5日(月・祝)は開室
・開室時間:9:30~17:30、金曜日は20:00まで(入室は閉室の30分前まで)
・会場:東京都美術館 企画展示室(東京都台東区上野公園8-36)
・主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、ジュアン・ミロ財団、朝日新聞社、テレビ朝日
・観覧料:一般2,300円、大学生・専門学校生1,300円、65歳以上1,600円(18歳以下、高校生以下、障害者とその付き添いの方1名までは無料<いずれも要証明書>)
※大学生・専門学校生は、3月1日(土)~16日(日)に限り無料

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