博物館などで文化財を傷める虫やカビをガスで殺す「
燻蒸(くんじょう)
」を行うことが、格段に難しくなる可能性が高まっている。国立博物館など全国の博物館で最も一般的に使われているガスの販売終了が決まったためだ。現在販売されている他のガスは扱える地域や効果が限られるため、関係者は危機感を募らせている。
害虫の被害に遭った古書(東京文化財研究所提供)害虫の被害に遭った古書(東京文化財研究所提供) 1970年代から文化財向けの燻蒸ガスを販売してきた最古参メーカー「日本液炭」(東京)は、虫にもカビにも効果があり、博物館で一般的に使われているガス「エキヒュームS」を、2025年3月で販売終了すると決めた。原材料価格の大幅な高騰や、原料に含まれる酸化エチレンに環境への影響が指摘され、環境省が排出抑制を求めていることなどが理由だ。同社は、「作業者の安全などを考えても製造は継続できない。代替品の開発も難しく、申し訳ないがご理解いただきたい」としている。

燻蒸庫の扉(京都国立博物館提供)燻蒸庫の扉(京都国立博物館提供) 公益財団法人「文化財虫菌害研究所」が、文化財への影響が少ないと認定したガスは、現在3種類販売されている。だが、「エキヒュームS」以外の2種のうち、1種は作業を担う業者の営業エリアが関東周辺などに限られる。もう1種は、効果が虫に限られて殺カビ効果がなく、やはり作業できる業者は限られている。 博物館関係者の間では不安が広がっている。
 京都国立博物館(京都市)では、燻蒸庫が「エキヒュームS」専用で、他のガスを使うには改修が必要な上、虫とカビ双方に効くもう1種のガスは使う際に装置による風が起き、
金箔(きんぱく)
が剥がれかかっている彫刻などには向かないという。カビを簡単に払えないもろい文化財も多く、殺カビ効果も必要だ。同館の降幡順子・保存科学室長は、「代替策が見つからない」と悩む。
 奈良国立博物館(奈良市)保存修理指導室の小峰幸夫研究員は、「業者を関東から呼ぶのはコスト面から現実的でない」と話す。 燻蒸は人の手が届かない細部まで効果があり、東京文化財研究所の佐藤嘉則・生物科学研究室長は、「燻蒸ができなくなれば、何年もたった後に被害が続出する恐れがある」と懸念する。
 
◆燻蒸=
密閉空間にガスを充満させ、仏像内部や、古文書などについた害虫やカビを殺す作業。定期的な実施が一般的だったが、予算の制約や安全性への懸念などから回数を減らす動きがある。ただ、害虫発生時や、博物館外から文化財を受け入れる際など、必要な場面は今も多い。