岩手県の物産展で踊りを披露する「大江戸さんさ」(2015年5月、さいたま市浦和区で)(大江戸さんさ提供)
踊りの練習に取り組む「大江戸さんさ」のメンバーたち(4月20日、新宿区で)
「渋谷・鹿児島おはら祭」に向けて踊りを指導する下園さん(右)(品川区の三州郷土館で) サッコラ、チョイワヤッセ――。4月中旬、新宿区内の地域センターで、かけ声に合わせて軽やかに舞う踊り手たち。首都圏の盛岡市出身者らで作る「大江戸さんさ」のメンバーだ。
同市周辺の伝統舞踊「さんさ踊り」の会で、2007年頃に7~8人ほどで始まった。11年の東日本大震災を機に参加者が急増し、現在は約40人で活動している。多くは地元と関わりたいという岩手県の出身者だ。 盛岡市出身で川崎市に住む会社員佐藤優人さん(36)=写真=は「地元の魅力を伝えることで復興を応援したい」と震災発生の2か月後に参加した。岩手県立大学(同県滝沢市)ではさんさ踊りチームに所属。10年4月に就職のために上京し、踊りから遠ざかった時期もあるが、今は太鼓チームのリード役として会を引っ張っている。 「会は、遠い地元を身近に感じられる場所。これからも仲間と共に、東京からさんさ踊りの魅力を伝えたい」と話す。 「さんさ踊りは1回やったらやめられないんです」と語るのは、同県八幡平市出身で大田区在住の保育士中村綺莉子さん(27)=写真=。高校2年から地元の団体に所属し、全国各地で踊りを披露してきた。 20歳で上京してからも帰省するたびに踊ってきたが、コロナ禍で2年近く東京から出られなかった。「このままではおかしくなる!」と、22年夏に大江戸さんさに加入した。「練習場所から太鼓や笛の音が聞こえると、足が勝手に弾んじゃう」と笑顔を見せる。◎ 「祭りや踊りは、世代を超えて地域の人々をつなげる役割を持っている。帰省した若者が地元の高齢者と一緒に民踊を踊ることで、故郷を再認識する機会にもなっている」。全国各地の踊りなど民俗芸能に詳しいライターの大石始さん(49)はこう指摘する。 高齢化や若者の流出で、地域の伝統芸能が途絶える現場を数多く見てきた。コロナ禍を経て、祭り自体が開催されなくなった地域も少なくない。「このままでは地域の積み重ねてきたものが断絶してしまう」と警鐘を鳴らす。 郷土愛が薄れ、伝統の継承が難しい時代だからこそ、都会の地方出身者が集まって踊る場の重要性を感じている。「同郷出身者が世代を超えて一緒に踊ることで、自らのルーツや古里の文化を見つめ直す機会になる。地元文化の継承にもつながっていくのではないか」と期待する。◎ 「ほら、ちゃんと指先を伸ばして!」「みんながピッとそろっていると、すごく絵になるよ」。品川区の「三州郷土館」に、威勢のいいかけ声が響いた。 声の主は下園典子さん(78)。鹿児島県出身者で作る踊り連「関東さつま南の会」の会長だ。18~19日に渋谷区で開かれる「渋谷・鹿児島おはら祭」の本番を前に、指導にも熱が入る。 同県田布施村(現・南さつま市)に生まれ育った。幼い頃から踊りは常に身近にあった。「娯楽が少ない時代だったから、お花見やお祭りでは、みんなで『おはら節』や『ハンヤ節』を踊っていた。誰に習うでもなく、自然と覚えた」と懐かしむ。 高校卒業を機に上京し、東京で結婚や起業、夫との死別などを経験してきた。会社の借金を抱え、途方に暮れた時もある。それでも踊ることはやめなかった。「踊ると元気が出てくる。休みの日には会社の会議室に集まって踊っていた」と振り返る。 「渋谷・鹿児島おはら祭」が始まったことをきっかけに、25年ほど前に「関東さつま南の会」を創設した。会員は現在30人で「おはら節」を始め、約20種類の踊りを稽古している。県関連の会合では若者を連に誘い、本場鹿児島のおはら祭にも参加を続ける。 原動力は「ふるさとへの愛」だ。「おはら節の振り付けには鹿児島が全部詰まっている。東京にいるみんなで集まって、地元を思いながら踊る。それって、とってもすてきじゃない?」
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