※このインタビュー内容は2026年04月に行われた取材時点のものです。

気仙沼をあなたの故郷に。ボランティアから始まった「暮らすように泊まる」宿づくり


宮城県気仙沼市で一棟貸しの宿「KESENOMA」を運営する千國屋。代表の渡邊さんは、大学時代のボランティアやJICA海外協力隊などの経験を経て、2022年に気仙沼へ移住しました。

『気仙沼をあなたの故郷に』をコンセプトに、地域と外の人を繋ぐ新たな関係人口の創出に挑んでいます。

今回は、移住から起業に至るまでの想いや、地域おこし協力隊・創業支援制度の活用について詳しく伺いました。

渡邊 国権

渡邊 国権(わたなべ くによし)
千國屋(一棟貸しの宿「KESENOMA」)代表
1991年神奈川県出身。東京学芸大学在学中に東日本大震災をきっかけに気仙沼市唐桑町でボランティア活動に参加。
卒業後、JICA海外協力隊としてサモアに赴任し、小学校で理科・算数教育に従事。その後、在サモア日本国大使館、JICA職員として大洋州地域のODA事業に関わる。
2022年に気仙沼市へ移住し、教育コーディネーターやこども支援の活動を継続しながら、2025年に一棟貸しの宿「KESENOMA」を開業。

移住先
宮城県気仙沼市(2022年〜)

起業年
2025年

    

事業内容
一棟貸しの宿「KESENOMA」の運営、ガイド事業

活用制度
地域おこし協力隊制度、創業支援制度 等

「生活の中に入る」滞在で、気仙沼の暮らしそのものを体験する

ーまず、現在の事業内容について教えてください。

渡邊:現在は、宮城県気仙沼市で一棟貸しの宿「KESENOMA」を運営しています。築約50年超の古民家をリノベーションした一軒家で、家族やグループが“暮らすように泊まる”ことができる宿です。

事業コンセプトとして、『気仙沼をあなたの故郷に』を掲げています。特徴は、ただ泊まるだけではなく、気仙沼の暮らしそのものを体験できることです。

例えば、近くの魚市場で買った魚を自分たちでさばいて食べたり、地域の人と自然に関わったりと、観光ではなく“生活の中に入る”ような滞在の提供を目指しています。

震災ボランティアとサモアでの経験が「人を迎え入れる側」への原点

ー気仙沼への移住と起業を決めたきっかけは何だったのでしょうか?

渡邊:もともとは神奈川県出身で、大学時代に東日本大震災をきっかけに気仙沼でボランティア活動をしたのが最初の出会いです。

そのときに出会った地域の方々の温かさが強く印象に残っていて、「いつかまた関わりたい」と思い続けていました。

その後、海外での仕事を経て、2022年に家族で気仙沼に移住しました。

自然や文化の豊かさはもちろんですが、「ここで子育てしたい」と思えたことが大きな決め手でした。

ー移住前と現在で、生活や働き方はどのように変わりましたか?

以前は開発途上国などの海外や東京で仕事をしていて、組織に所属して事業単位で動くことが多かったのですが、今は地域に根ざした暮らしと仕事が一体になっています。

顔の見える関係性の中で仕事ができることや、自分の事業が地域にどう影響しているかを実感できる点は、大きな変化であり魅力だと感じています。

また、個人事業主として宿事業を開業する傍ら、NPOにも所属しながら教育事業でも新たな事業を生み出すチャレンジを行っていて、新しくゼロからイチを生み出す新しい価値の創造に自分のやりがいを見いだせている点も変化ですね。

ー起業しようと思ったきっかけや現在の事業アイデアはどのように生まれたのかを教えてください。

渡邊:もともと、東日本大震災のボランティアで気仙沼の方に温かくヨソモノの自分を受け入れてもらった経験やJICA海外協力隊での2年間のホームステイ経験を通して、「いつか自分がホストとして人を迎え入れる仕事がしたい」という想いがありました。

サモアでホームステイをしていたときに、“暮らしを共にすること”の豊かさを実感して、それを日本でも実現したいと思ったのが原点です。

気仙沼に移住してから改めてこの地域の魅力を感じる中で、インバウンド向けや体験型宿泊など様々なアイディアも考えましたが、起業プログラム「ローカルベンチャーラボ」(NPO法人ETIC.主催)に参加して事業コンセプトやVision/Mission/Valueを磨き上げることで、現在の事業に至りました。

ー移住してから起業までは、どのようなステップを踏まれたのですか?

渡邊:海外生活や東京で仕事をするなかで、移住前から自分の事業にいつかはチャレンジしてみたいな、といったぼんやりとした想いはありましたが、具体的な事業内容などは考えておらず、動き出したのは移住して約2年半経ってからです。

気仙沼に家族で3年目以降に残って生活を続けようと決意してから、”自分の真ん中はどこだろう?”と自分自身とも向き合いながら、また家族とも相談しながら創業する決意を固めました。

「チャレンジに寛容な町」気仙沼で感じる地方起業の魅力

ー実際に地方で起業してみて、メリットだと感じる点はどこでしょうか。

渡邊:一番大きいのは、人の温かさや人との距離の近さです。

地元企業の経営者や地域の方々が、新たな挑戦を応援し、手を差し伸べてくださる。

こうした「顔の見える協働」が生まれやすい環境は、地方で起業して本当に良かったと感じるポイントです。

ー地域の人やコミュニティとの関わりで印象的だったことはありますか?

渡邊:宿の立ち上げにあたって、地元の経営者や知人が親身にアドバイスをくれたことが非常に印象に残っています。

東日本大震災を経験している気仙沼では、復興のプロセスのなかで、本気の大人たちが膝を突き合わせて対話を繰り返し、まちづくりを進めてきました。

漁師さんはじめ、自らの事業に情熱を持ってチャレンジされている方が多く、町全体が挑戦に対して非常に寛容だと感じます。

資金計画や許認可……初めての創業で直面した壁

ー逆に、苦労された点はありましたか?

渡邊:宿泊業の立ち上げにあたっては、銀行融資や許認可、改修工事など、想像以上に時間と手間がかかりました。

初めての事業経営ということもあり、資金計画の立案から保健所・消防の許可、内装デザインの決定まで、日々重い決断を求められるのが大変でしたね。

また、物理的な苦労もありました。

必要な備品を揃えるために車で片道2〜3時間かけて移動するなど、都市部と比較して自分自身で動かなければならない場面が多い点は、地方ならではのハードルかもしれません。

ー起業前に知っておけばよかったと思うことはありますか?

渡邊:財務三表の見方を含め、ファイナンスや銀行融資に関する知識をもっと身につけておくべきだったと感じています。

また、他地域の先進事例をより多く収集したり、実際に現地へ足を運んで知見を吸収したりしたうえで創業していれば、よりスムーズだったかなと思います。

自治体の支援制度を「地域との接点」として活用する

ー今回の起業では補助金や支援制度も活用されていますね。

渡邊:移住のタイミングでは「移住定住支援センター」に空き家を紹介していただくなど、多方面でサポートしていただきました。

また創業にあたっては、空き家バンクでの物件探しをはじめ、商工会議所主催の個別相談会や創業支援セミナーへの参加、市のビジネスサポーターへの事業相談、そして市の事業補助金の活用など、地元の制度をフルに活用しながら準備を進めました。

ー実際に活用してみて、どのような点が役立ちましたか?

渡邊:補助金はじめ創業支援制度による多角的なバックアップはもちろんですが、それ以上に「地域との接点」を数多く持てたことが大きな財産になりました。

ー申請の過程で大変だったことや注意点があれば教えてください。

渡邊:書類作成には一定の手間がかかりますが、それ自体が自らの事業を整理する貴重な機会にもなりました。

「なぜこの事業をやるのか」を徹底的に言語化することが、各種申請や事業計画の策定、その後の経営においても重要だと思います。

「KESENOMA」を起点に、関係人口が循環する社会をつくりたい

ー今後の展望を教えてください。

渡邊:『気仙沼をあなたの故郷に』というコンセプトのもと、宿泊場所の提供にとどまらず、人と人がつながる場や機会をさらに広げていきたいです。

今後は自分自身のガイドスキルも磨きながら、気仙沼をより深く楽しめる宿泊プランの開発や、教育旅行・企業研修の受け入れなども展開していく予定です。

「KESENOMA」を起点に関係人口が創出され、地域の人と外の人が継続的につながり続ける仕組みをつくっていきたいと考えています。

ー最後に、地方での起業を考えている方へメッセージをお願いします。

渡邊:地方での起業は、「何をやるか」「いくら稼げるか」以上に、「誰とやるか」「自分自身のやりたいことは何か」が大切だと感じています。

まずは地域に入り、人との関係性を築くこと。

もちろん事業としての継続性も不可欠ですが、自分自身の仕事にしっかりとした「手触り感」を持ち、豊かに生きること。

それこそが、地方における起業の一つの“成功”といえるのではないでしょうか。

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