京都の鴨川では夕暮れになると、カップルが自然と等間隔に並んで座る。誰が決めたルールでもないのに、なぜそうなるのか。1200年続く都には「争いの火種を消す」暗黙の知恵が根付いているという。京都生まれの行政書士・服部真和さんが「折り合いの文化」を解説する――。(第2回)
※本稿は、服部真和『京都人が教えるずるいけどうまい合意の技術』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Eloi_Omella
※写真はイメージです
京都は“日本らしさ”の縮図
京都は世界的な観光都市でありながら、同時に日本的な「ムラ社会」構造が今も色濃く残っています。
「ムラ社会」とは、もともと村での暮らし方からきた言葉で「外部に慎重(京都っぽく言えば『よそさん』に慎重)」「内部で足並みをそろえる」といった特徴があります。外から見れば閉鎖的に見えますが、内側では安心感や結束を生み出すしくみです。
京都にある古い町家や老舗のお店では、土地や屋号、ブランドや技術を代々受け継いできました。表面上は別々に見えても、地元の人たちの間では血縁や地縁で密接につながっています。
「この人と、この人はどんな関係」「ここのお店はあそこの、なにがしで」など、目に見えないつながりが強く、だからこそ、それを壊さないように振る舞うのです。
こうした密な集団を一般的には、「共同体」と言うことがあります。じつは京都以外でも、会社の部署、学校のクラス、サークル、コミュニティなど、「共同体」はたくさんあります。
京都の「ムラ社会」と同じで、共同体の内部では「誰が何を言ったか」、「誰と誰がどういう関係にあるか」がすぐに共有されるため、露骨な対立や衝突は生まれにくいです。その点で京都は、関係性を基盤にした「日本らしさの縮図」ともいえるでしょう。
自己主張より「場の関係性」を優先する文化
京都では「地蔵盆」という地域行事が盛んに行われています。夏になると、町内の人たちが集まってお地蔵さんを飾り、子どもたちがおやつを貰い、お年寄りがそれをにこやかに見守る恒例行事です。
些細なことに思えるかもしれませんが、実際に運営するのはとても大変です。さらに「現代では若手や子育て世帯が集まらない」「準備する人が固定化している」といった問題などもあり、「そろそろやめようか」と言われることもあります。
それでも、最終的には「やっぱり続けよう」となることが多いのです。それは、この行事が人と人の関係をつなぐ「最後の砦」だからです。年に一度でも顔を合わせることで、「あの家のおばあちゃん元気かな」「あそこの子、もうこんな大きくなった」などと思える。それは、現代でも地域の安心感や信頼につながっているのです。
これは日本古来の「和をもって貴とうとしとなす」に通じます。京都において「自己主張よりも『場』の関係性」が優先されるのも、こういった文化的背景が大きいといえます。
