1. 発表のポイント
雲がもつ太陽光の反射の度合いなどに影響を及ぼすエアロゾル粒子※1 のうち、北極域の雲中で氷晶※2 形成を促すエアロゾル粒子(氷晶核※3)の特徴については、未解明な部分が多い。本研究では、海洋地球研究船「みらい」による北極海観測において、海岸から100km以上も離れた森林地帯を含むアラスカ・カナダの陸域に由来する胞子※4 を検出し、さらにそれらが氷晶核として働いている可能性を見出した。
これらの胞子の氷を作る機能について一粒ずつ詳しく調べたところ、海上を輸送されてきた胞子のうち、海面から放出された海塩粒子※5 と混ざりあった胞子は、元々の胞子よりも氷を作る機能が低下していることを発見した。
観測データが乏しい北極海上の氷晶核について、アラスカ・カナダの陸域生態系がその重要な供給源となっている可能性に加え、海洋上空の大気中を輸送される間に起こる胞子がもつ氷の作りやすさの変化について、初めて現場での観測から明らかにした。

図1 本研究で観測した、陸域から北極海上への胞子の供給、輸送過程で起こる海塩粒子との混合と、氷晶核としての機能の変化を表した概念図。
※1
エアロゾル粒子
大気中を浮遊する微粒子の総称。様々な成分があり、本研究で紹介している胞子※4 や海塩粒子※5 などもその一部である。
※2
氷晶
微小な氷の結晶。
※3
氷晶核
氷晶を生成する手助けをする固形のエアロゾル粒子のこと。氷晶核を含んでいない水は−38~0℃では水滴(過冷却液滴)として存在しうるが、氷晶核は過冷却液滴を氷晶に変え、北極雲中の雲粒の氷・水のバランスに影響する。一般的に鉱物粒子は−15℃以下にならないと氷晶核として機能しないが、胞子などは−15℃以上でも氷晶核として働く場合があることが知られている。
※4
胞子
菌類やコケなどから放出される生殖細胞のこと。
※5
海塩粒子
海の波しぶきから発生する海水を元とした粒子。
2. 概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 大和裕幸、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門の木名瀬健特任准研究員らは、国立極地研究所の當房豊准教授及び気象庁気象研究所の足立光司主任研究官と共同で、陸域生態系に由来する胞子が北極海上まで輸送され、気候変動に強く関係する氷晶核として働くことを明らかにしました(図1)。また、海上での輸送中に海塩粒子と混合することで、胞子の氷晶を作る能力(氷核活性※6)が低下することを発見し、海上での輸送中に起こる氷晶核としての性質の変化も明らかにしました(図1)。
大気中に浮遊するエアロゾル粒子は、雲粒の核として働き水滴や氷晶を作ります。水滴でできた雲と氷晶でできた雲は性質(太陽光の反射率など)が異なるため、雲中の水滴と氷晶のバランスの変化は気候に影響すると考えられています。北極の気温は0℃以下になることが多く、「エアロゾル粒子がどのように北極海上で水滴や氷晶からなる雲を作り、気候に影響するのか」は重要な課題となりますが、これまで見解は定まっていませんでした。その原因の一つが、氷晶の核として働くエアロゾル粒子の現場観測による情報の不足でした。
そこで、2022年の海洋地球研究船「みらい」による北極海観測航海で海上のエアロゾル試料を採取し、特に氷晶の核となるエアロゾル粒子のタイプを一粒ごとに重点的に調査しました。また、地球シミュレータを用いて採取した粒子がどこから飛んできていたのかについての解析も行いました。その結果、アラスカ・カナダにまたがる海岸から100km以上も内陸の森林を含めた陸域に由来する胞子が北極海上へと運ばれ、氷晶核として働くことを発見しました。さらに、胞子が海上での輸送中に海塩粒子と混合することで、胞子の氷核活性が低下することを見出しました。これにより雲の形成への影響評価をする際には、輸送中に起こるエアロゾル粒子の状態変化も考慮すべきであることが示されました。温暖化が進むことで、陸上では積雪期が短くなる一方で植生に覆われた領域と緑化期間が拡大し、海上では結氷期が短くなり開水域※7 が拡大するため、胞子と海塩粒子の双方の大気への供給量が増加することが予想されます。そのため、本研究で得られた知見は北極気候変動を理解するうえで重要性を増していくと考えられます。
本成果は、「npj Climate and Atmospheric Science」に2月16日付け(日本時間)で掲載されました。本研究は北極域研究加速プロジェクト(ArCSⅡ、JPMXD1420318865)、北極域研究強化プロジェクト(ArCSⅢ、JPMXD1720251001)、日本学術振興会科学研究費(JP21K21342及びJP25K15435)の助成を受けました。
タイトル
Contribution of bioaerosols from terrestrial ecosystems to ice-nucleating particles over the Arctic Ocean
著者
木名瀬健1、
竹谷文一1、
當房豊2,3、
滝川雅之1、
足立光司4、
宮川拓真1、
朱春茂1、
金谷有剛1
所属
海洋研究開発機構
国立極地研究所
総合研究大学院大学
気象庁気象研究所
※6
氷核活性
氷晶を形成する能力のこと。
※7
開水域
海氷が存在しない、水面が露出した海域。
3. 背景
氷晶核を含まない雲粒は−38~0℃までは過冷却液滴として存在しますが、雲中に氷晶核が存在すると−38℃以上の気温でも雲中での氷晶の発生が促されます。その結果、低高度でも気温が−38~0℃になる北極では、低高度の雲中に水滴と氷晶が共存する雲が頻繁に発生します。氷晶核の増加は、雲中の水・氷のバランスを左右します。その結果、雲の太陽光反射率や、降水分布に影響し、北極気候変動に寄与します。そのため、北極に供給される氷晶核の正体や供給源を特定し、個々の氷晶核が持つ形態などの詳細な特徴を明らかにすることが重要です。
過去の研究では北極で重要な氷晶核として、有機物を含んだ土壌由来の鉱物粒子や、海表面の有機膜の破片を含んだ波しぶき粒子などが着目されてきました。一方で、胞子を始めとした生物に由来する粒子の中には、比較的高い温度帯でも氷晶を形成するものがあることが知られています。近年は陸上での観測結果から、北極における胞子などの生物由来粒子の氷晶核としての重要性が示されてきました。しかし、海上での観測例は非常に乏しく、北極海上で陸域由来の胞子などの粒子が氷晶核として寄与しているのかは未解明でした。さらに、過去の研究では粒子一粒ずつの状態に着目した研究は非常に少なく、異なる粒子状態での氷核活性の知見は乏しい状況でした。
4. 成果
本研究では、2022年の海洋地球研究船「みらい」北極観測航海で採取したエアロゾル試料を利用し、気象庁気象研究所の光学顕微鏡により氷晶核を一粒ずつ特定して、同研究所及びJAMSTECの走査型電子顕微鏡による個々の粒子の詳細解析を行いました。合わせて国立極地研究所での氷晶核の個数濃度の分析や、JAMSTECでの数値モデルによる粒子発生地域の解析を実施しました。
観測航海は2022年8月24日~9月18日の間にベーリング海峡以北の北極海(最北で北緯73.4°)にて実施されました。顕微鏡分析用の試料は1日に1~4回の頻度で、屋上のコンパスデッキ上にて採取しました。航海後に試料を‒32℃まで冷却しながら光学顕微鏡で一粒ずつのエアロゾル粒子を観察し、その中で氷晶を形成した粒子を個々に特定しました。さらに、氷晶を形成した個々の粒子について走査型電子顕微鏡を利用した形態、表面構造、化学組成、及び他粒子種との混合状態に関する分析を行いました。同時にフィルターで採取したエアロゾル試料中の氷晶核個数濃度の分析も行い、氷晶核個数濃度が高かったケースと低かったケースの2つのケースに分けて、顕微鏡実験で特定した氷晶核の分類をしたところ、氷晶核個数濃度が高かったケースには胞子を主とする生物に由来する粒子が有意に見つかることが分かりました(図2及び図3)。

図2 氷晶核濃度・粒子分類の観測結果
左:温度毎の氷晶核個数濃度の観測結果。
右:氷晶核個数濃度が高かったケースと低かったケースそれぞれの氷晶核の粒子内訳。濃度が高かったケースでは胞子を始めとした生物に由来する粒子が有意に検出された。

図3 観測された胞子の走査型電子顕微鏡写真例。
上段左:もっとも典型的だった胞子。胞子の持つ特徴的な突起がみられる(黄色矢印)。
上段右:胞子が持つ特徴の一つである網目構造を持つ粒子。
下段左:胞子が持つ特徴の一つである突起構造を持つ粒子。
下段右:氷核活性の低下がみられた胞子。赤矢印は胞子、青矢印は海塩を示しており、胞子の全体に海塩が付着し結晶化している。
さらに、JAMSTECの地球シミュレータを利用した数値モデル解析により(FLEXPART-WRF※8)観測された胞子の発生地域の推定をしたところ、アラスカ・カナダにまたがる陸域が主な発生地域だったことがわかりました(図4)。このことは従来の研究ではあまり重要視されてこなかった陸域生態系由来の胞子の、北極海上における氷晶核としての重要性を示す結果となりました。
一方、観測された胞子のうち、氷晶を形成した粒子としなかった粒子の状態の違いについて比較したところ、海塩粒子と混合した胞子(図3右下)は混合していない胞子に比べ、相対的に低い氷核活性を示しました。この結果から、海塩粒子との混合が胞子の氷核活性の低下をもたらすことが分かり、輸送に伴う粒子状態の変化も北極の氷晶核の働きを理解するうえで重要な要素であることを示すものとなりました。

図4 数値モデルを用いた氷晶核個数濃度が高い時の粒子発生地域解析の一例(9月2日0:00)。図は追跡している粒子の地表付近の滞在時間を示しており、数値が大きいほど(暖色であるほど)、その場所での粒子発生の影響を強く受けていることを示している。この時は主にアラスカ・カナダの陸域からの寄与が高いことが示された。赤線は船の航路、星印は船の観測時の位置を示す。
※8
FLEXPART-WRF
粒子一粒ずつの大気中での挙動を3次元的に計算する数値モデル。本研究では胞子を粒子として仮定し、観測時点から5日前までの4万個の粒子位置を追跡した。
5. 今後の展望
本研究では北極域の海上においても陸域生態系由来の胞子が氷晶核として重要であることに加え、海上輸送中に起きる胞子の氷核活性の変化も、北極における氷晶核を理解する上で重要であることを明らかにしました。しかし、実際に北極を取り巻く陸域から胞子やそれ以外のエアロゾル粒子がどれだけ放出されているのか、それが北極全体の氷晶核としてどれだけ寄与しているのか、輸送過程で氷晶核と海塩粒子との混合状態がどう変化していくのかなど多くの謎が残されています。今後は新たに就航する研究船である「みらいⅡ」を活用することで、今まで観測できなかった時期や領域(海氷域など)など、より広い時期と範囲での観測の展開が期待されます。また、本研究で明らかになった重要な生物由来粒子の供給源の一つであるアラスカ陸域などで、胞子放出量や放出過程を定量的に把握していくことも検討しています。最終的に、これらの情報を統合し数値モデルに組み込んでいくことで、北極気候変動のより正確な予測への貢献が期待されます。
