ホンダ アフリカツイン

Hondaが二輪車クラスで初優勝を飾ったのは1982年、フランスホンダチームのシリル・ヌブー選手によるもので、マシンは本田技術研究所とRSC(レーシングサービスセンター)が手がけた「XR500R改」でした。

【1986年 HRCがパリ-ダカールラリーに初挑戦】

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翌年の1987年のパリ-ダカールラリーは、NXR750を駆るヌブー選手が2連覇を成し遂げました。

ヌブー選手の快挙を祝し、急遽日本で優勝記者会見が開催されました。
Honda本社のウエルカムプラザ青山で開催された記者会見で見たヌブー選手は、とても小柄で巨大なNXR750を操れる猛者とは思えませんでした。
会見では、NXR750がいかに扱いやすいマシンなのかを語ってくれました。

1988年のパリ-ダカールラリーは、NXR750を駆るエディ・オリオーリ選手が優勝。
HRCのNXR750は3連覇を達成し、砂漠の王者と呼ばれるようになりました。
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【1988年 アフリカツインが発売】

【1990年 750ccに排気量アップ】

欧州向けに1990年に制作されたカタログでは、日本のカタログでは見られないダイナミックな走行シーンが使われています。
当時の日本においては、過激と思われそうな走行シーンは広告やカタログに使用しないという規制があり、このような違いが見られます。
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HRCは、1986年から1989年まで4連覇を達成した後は、パリ-ダカールラリーへの挑戦を中止しました。
アフリカツインは、その後も熟成をすすめ、日本では2000年に発売されたモデルが最終となりました。
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砂漠の王者NXR750のレーシングテクノロジーを受け継いだアフリカツインは、10年以上にわたり世界中の冒険者たちに愛用されました。
新生アフリカツインが登場する2016年までは、長い年月を待たなければなりませんでした。
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高山 正之