名湯をもとめ、全国津々浦々巡っている温泉ソムリエの資格を持つライター・森田幸江。毎月のように通うという広島県で出合った老舗銭湯へ。地元の方と交流しつつ、界隈では数少ない塩分濃度の高い温泉に浸かってきました。
※浴室内の写真は、特別に店主の許可をいただいて撮影しています。

「深夜銭湯」の人情は酒とあぶくの歓楽街に

懐深い日本には、大人たちが人情を酌み交わす「深夜食堂」ならぬ「深夜銭湯」があるんじゃないか、と思いついたのが、毎月のように往復する広島の銭湯だった。

仕事あがりの艶やかなお姉さんからバックパッカー、観戦ユニを羽織る若者におばあちゃんたち。一日を閉じる老若男女がタオルひとつで身をゆだねるのは、広島随一の歓楽街・流川の端に位置する老舗銭湯「音戸温泉」だ。

なんとも歴史のにじみ出す、名湯「音戸温泉」の大看板なんとも歴史のにじみ出す、名湯「音戸温泉」の大看板

嬌声とほろ酔い顔の行き交う街に、先代悲願の湯脈を掘り当てられて41年経つ当湯は、夜が更けるほど活気を増す。訪問した時刻は夜23時過ぎ。外階段を昇ってビルの2階に位置する玄関をくぐると、下駄箱の奥に券売機とフロントがそびえている。サウナ代込みの500円を支払ったら、男女の浴室にそれぞれ吸い込まれようじゃないか。

玄関はビルの2階にある玄関はビルの2階にある

タオルと洗面用具を手に浴室のドアをからからと開けると、心地よい蒸気とほのかなライチ香がほわりと身体を包む。女湯は入って手前がカランになっており、夜の熱気を宿した同士が身を清めている。そこでお邪魔にならないよう桶と椅子を寄せ、持参したシャンプーや石鹸で身体をすすぐ。

白濁して沸き立つ温泉の主浴槽とあつ湯、水風呂白濁して沸き立つ温泉の主浴槽とあつ湯、水風呂

浴室に入ってからずっと鼻孔をくすぐっている豊かなライチ香の出どころは、当施設自慢の温泉に違いない。

浴槽の脇に掲示された温泉成分分析表をざっと見ると、塩分濃度の高いナトリウム-塩化物泉で、湯冷めしにくく汗も出やすいことが推察される。あら、広島県としては珍しい! いわゆる強食塩泉に分類されるタイプで、傷に効くのが特徴となる。広島県内の温泉は、多く放射能泉や単純弱放射能泉が分布しているので、こちらの高い塩分濃度はとても重宝されるだろう。

浴槽の横にたたずみ「能書き」を読み込んでしまうわたしはちょっとシュールだったかもしれない。ワインを口にする前に、ボトルのエチケットを読んで想像を膨らませるように、私は湯に浸かる前に温泉成分分析表で、きたる体験に胸を膨らませる。うーん、頃合いは満ちました! ほこほこと高まる期待とともに、脚からゆっくりと湯にお邪魔する。

主浴槽。写真左に見えるのが温泉成分分析表主浴槽。写真左に見えるのが温泉成分分析表

はあ、と胸の奥から声がこぼれ落ちてしまう。時は深夜、湯にお迎えされた全身を包みこむ安心感。ぼこぼことよく攪拌されている白濁した温泉は、湯あたりもつるつるで身体を芯から温めてくれている。しかも当湯に期待できる効能は、冷え性改善や鎮痛効果、デトックス。蒸気をほどよく吸い込むことで、呼吸器にもよい効果が期待できるだろう。

手足をのびのび湯に遊ばせて、浴室を行き交うお歴々のくつろぐ姿を、なんともなしに目に留める。深夜銭湯の良さは、一日身に付けた「心の鎧」を脱ぐ自然な姿でたゆたうこと。おつかれさん、の気持ちを込めて同じ湯を分かち合い、誰かの明日をねぎらうこと。

思わず揉みほぐしたくなる大きな袋が目印の「漢方延寿薬湯」思わず揉みほぐしたくなる大きな袋が目印の「漢方延寿薬湯」

ほのかな幸せに包まれ湯あみを続けるうちに、温泉浴槽の向かいにある漢方延寿薬湯からちょいちょいと手招きされて、朗らかな呼び声がかかるじゃないか。

「よう来んさったねえ」

私が成分表に見入っていたことに、気付いていてくださったようだ。

ついつい破顔した私は、階段上にしつらえられたサウナ室の心地よさを人生の先輩に質問しようと思い立つ。ああこんな瞬間、銭湯は、公衆衛生のつとめを越えて、夜の情けを湯気に纏わせるのだ。

ひっきりなしのお客様にもスムーズに対応されるフロントひっきりなしのお客様にもスムーズに対応されるフロント

■『音戸温泉(おんどおんせん)』
[住所]広島県広島市中区田中町6-3
[電話番号]082-244-4126
[営業時間]13時~翌1時
[休み]日
http://www.ondo-onsen.co.jp/

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取材・撮影/森田幸江

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