ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2026.01.07 14:32
大韓民国はこれまで2度の「漢江(ハンガン)の奇跡」を国際社会に知らせた。最初の奇跡は全世界を驚かせた高速経済成長だった。その名はソウルの中心を流れる漢江にちなんだ。戦争の廃虚と欠乏の時間が過ぎて飢えから脱した。橋を架けて工場を建設し、明日を今日に繰り上げる慌ただしい時期を過ごした。その河川の名で成長と発展を成し遂げ、世界はそれを奇跡と呼んだ。
この最初の奇跡は国富を増やし、国民の暮らしを支えた。崩れた日常の上に国家の軸をまた置いた。同時にその速度ほど多くのことが遅れる痛みも経験した。ケアが届かなかった人たち、適時に癒やせなかった傷に対する後悔もこの奇跡の一部だった。
時間が流れた後、また漢江を呼んだ。こんどは河川でなく人だった。作家の韓江(ハン・ガン)は人間の暴力と傷、沈黙と尊厳に最後まで背を向けなかった。彼女が世界の中心に立った時、もう一つの「漢江の奇跡」を話すことになった。ノーベル文学賞受賞作家の韓江の名前に象徴する奇跡だ。2度目の漢江の奇跡は大韓民国が所得だけを増やした国でなく、品格のある国であることを世界に知らせた。この奇跡も単独では完全でない。深い思惟はあるが、現実の暮らしを支える土台がなければ虚しいものになり得る。
今日の問題は、我々が2つの奇跡を互いの隙間を埋める補完関係として見るのではなく、互いに対立する選択肢として誤解してきたところにある。一方は拡張を、一方は深みをいう。一方は成果を前面に出し、一方は価値を要求する。その結果、成長をいえば民主化を軽視すると疑い、民主化をいえば成長を否定すると烙印を押す。いわゆる産業化勢力と民主化勢力の激しい対立は、2つの奇跡をともに成し遂げた我々の姿に照らしてみるとどこか不自然だ。
常識の目で大韓民国の現代史を振り返ると答えは明確になる。最初の漢江の奇跡は2度目の漢江の奇跡が必要だった。速度は方向が必要であり、成就は意味が必要だった。2度目の漢江の奇跡も最初の奇跡が必要だ。ケアは現実の土台の上でのみ持続でき、品位は暮らしを支える物質的な基盤なく単独では立てない。2度目の奇跡は単独では完結しない奇跡だ。
南漢江と北漢江はそれぞれ別の山を水源とする。水の色も違い、流速も異なる。2つの河川がそれぞれ流れ、京畿道楊坪(キョンギド・ヤンピョン)の両水里で運命のように会う。2つの河川は争わない。どちらが正しいのか、どちらがより多くの水をもたらすのかは問わない。単独で流れる時の軽さと不安をなくして互いの水を受け入れる。一つの河川、漢江になる。そのように交わった河川は単独の時よりさらに広く、さらに深く、西海(ソヘ、黄海)に向かって進む。最後には太平洋に達する。
【時論】大韓民国が起こすべき「3度目の漢江の奇跡(2)
