夏の終わり、韓国を横断するドライブは静寂に包まれる。海岸へと続く道ですれ違う車は数えるほどだ。幹線道路沿いには、古びたドライブインや、かつてのキャンプ場が点在している。
そうした韓国の地方にあって、江原道寧越郡の町、上東(サンドン)は活気に満ちている。半導体などに使われるレアメタル(希少金属)であるタングステンの鉱山が30年前に閉鎖され、苦境が続いてきた地域だ。町が再生したのは、高校野球のおかげだった。
ソウルから向かうと3時間を要するこの町では、野球は単なるスポーツ以上の存在となっている。米国の国民的娯楽である野球は、韓国でも国民的アイデンティティーの一つだ。そして上東にとっては、町の存続をかけた戦いでもある。
韓国の人口は急激に減少しており、出生率は世界で最も低い。影響は上東にも及んでおり、人口は半世紀前のピーク時から97%減り、1000人程度にまで落ち込んだ。
高校の存続も危ぶまれる状況だった。2022年の卒業生は3人。その翌年度は、新入生が1人もいなかった。
そんな状況で町が打ち出したのが、ゼロからエリート選手養成のための野球プログラムをつくるという戦略だった。

山間地に位置する上東
Photographer: SeongJoon Cho for Bloomberg
韓国政府は21年、上東を含む数百の町を消滅の危機にある地域に指定。この問題に数兆ウォン規模の資金を投じている。苦境にあえぐ地域側は、都市の住民を呼び込んで地域経済を再生しようと必死だ。
上東の近隣では、カジノやスキーリゾートを建設した町もある。韓国南西部では、エリートを養成する高校のゴルフプログラムが立ち上げられた。メジャー大会で優勝した朴セリ選手や梁容銀選手のようになることを夢見る子供たちを引きつけるためだ。
上東の場合、野球が救いとなりそうだ。地元高校の卒業生2人が中心となって、一流の監督や選手を招く大胆な計画を立てたからだ。2人は、国民の野球愛を生かそうとした。
韓国で野球は20世紀初め、米国の宣教師によって広まった。ここ50年で成長を遂げ、複数の指標で最も人気のあるスポーツとされている。
1982年には、プロ野球のリーグが発足した。民主化前である当時の全斗煥大統領が、政治的緊張から国民の関心をそらそうとしていた時期だ。
メジャーリーグで活躍するスター選手も出てきて、野球人気は急上昇している。ワールドシリーズを今季制したロサンゼルス・ドジャースで「ザ・コメット(すいせい)」の異名を持つ俊足の金慧成選手もその1人だ。

サンドン高等学校野球部のメンバー(8月)
Photographer: SeongJoon Cho for Bloomberg
国内リーグの観客動員数は今年、過去最高の1200万人に達した。他では得られない熱狂的でエネルギーにあふれた体験を求め、観客は試合に押し寄せている。
Kポップ風のチアリーダーや、一体感のある大音量の声援とダンスで、韓国の球場は、コンサート会場のような熱気を帯びる。各球場はフードメニューで競い合い、フライドチキンとビールを組み合わせた「チメク」などの特別メニューを提供している。花火や水を使った演出も見られる。
熱量に動かされる
その熱量に動かされた2人が、江原道寧越郡のサンドン高等学校を1986年に卒業したチョ・ユンヒさんとキム・ギョンスさんだった。
2人は、母校の将来を話し合うグループの一員として、生徒を呼び込む取り組みを主導していた。エネルギー産業や鉱業のための人材育成プログラムの開発といった提案も検討したが、見送った。
野心的な構想に行き着いたのは22年。野球のトレーニングを学校が無料で提供し、地元以外の生徒には宿泊施設や食事まで提供するというものだ。
年間5億ウォン(約5300万円)と見積もられたコストのため、提案は容易には受け入れられなかった。衰退した地域にとって、そんな費用はばかげているというのが反対派の意見だ。上東のようなゴーストタウンが活気のある地域から人を呼び込めるのか、支持派でさえ疑問視していた。

授業を受けるサンドン高校野球部のメンバーら(8月)
Photographer: SeongJoon Cho for Bloomberg
しかしチョさん(59)にとって、最も優先すべきは資金集めでもマーケティングでもなく、監督を探すことだった。
上東に本社を置くキムチ会社でデザインとマーケティング部門の責任者として働くチョさんは、息子が競争の激しいソウルのユースリーグを経てプロまで上り詰めるのを見てきた。優れた監督は、チームの成績のみならず選手集めにも影響を持つことを理解していた。
そして選手の勧誘こそが、チョさんの計画を成功させる鍵だった。知名度と高校野球の世界での実績を持つ人物が求められたが、うってつけに見えたのが、白在鎬(ペク・ジェホ)氏だ。
人脈
ペク氏は、オリンピック出場経験もある二塁手だった。韓国のトップリーグでは通算1000試合超に出場。既にソウルの名門高校で指導に当たる身となっていた。
幸いなことに、チョさんにはつてがあった。かつて野球のユニホームを製造する会社に5年間勤めていたからだ。バットメーカーのセブンスターで働いていたこともあった。選手やコーチ、フロントと人脈があったのだ。
チョさんは、かつての上司を通じてペク氏との面会を取り付け、著名な元選手らにも口説き落とすのを手伝ってもらった。

サンドン高校野球部のペク・ジェホ監督
Photographer: SeongJoon Cho for Bloomberg
ペク氏にとって、ゼロから野球のプログラムを立ち上げるのは魅力的だった。とはいえ野球のための基本的な設備がない人里離れた町で、厳しい挑戦になるのは自明だった。選手を含め「何もかもが全く足りない」状態だったという。
「最初にここへ来たときはGPSを使っていたが、ひたすら進み続け、道に迷ったと思った。ボールが少しあるだけで、本当に何もなかった。ゼロからのスタートだった」。ペク氏はこう振り返る。
ただ、ペク氏には名声という強みがあった。有望な生徒たちへの売り込みも分かりやすいものだった。無料でトップレベルのトレーニングとプロに進むチャンスが得られる点を訴えた。
実際、この組み合わせは、チーム登録料や個人レッスンの費用が月に300万ウォンを超えることもある韓国で、魅力的だった。プログラムには現在、喫煙を理由に退学となった2人を除く38人の生徒が所属している。学校は用具を支給し昼食を無料で提供。その他の食事代も補助している。

ペク氏の着任時、「ボールが少しあるだけで、本当に何もなかった」が、今は用具に不足はない
Photographer: SeongJoon Cho for Bloomberg
生徒を集めるため、ペク氏は数カ月かけて全国を回った。23年の春学期までに新たに9人を獲得。韓国の高校制度の下、チームを編成する上でぎりぎりの人数がそろった。さらに重要な成果もあった。学校が存続できるようになったのだ。
地域の支援
チョさんとキムさんが、この取り組みを進める上では、多岐にわたる地域の支援が不可欠だった。2人は、町長のオム・ギョンオク氏と協力して地元の政治家や企業、住民を巻き込み、資金面や行政面でのさらなる支援を求めた。
寄付や補助金を得て、宿泊のための学校設備の改修に着手。45分離れた郡庁所在地の寧越(ヨンウォル)にある野球場を練習用として確保した。チョさんのキムチ会社「ソムシガ」は、学校と野球場の間を往復するチームの送迎用に、バスを寄贈している。
仮設の宿舎に代わる新しい寮と、校内の野球場を建設する承認も得た。学校の講堂は、最新設備を備えたトレーニングジムへと生まれ変わった。こうして2人は、上東の人たちの心をつかんだ。
「私たちは本当に必死だった」。今は郡でスポーツ教育を担当するオム氏が語る。
「ここに残っていたのは、出ていくことができなかった人たちだけだった。だから、いつも互いに悪口を言い合い、言い争っていた。でも学校が閉鎖されると知ったとき、久しぶりに一つになった」。
上東はかつて、地元鉱山の国営企業、韓国タングステンのおかげで、韓国で最も豊かな町の一つだった。政府は同社の利益を活用し、のちに韓国の鉄鋼大手となるポスコの設立を支援した。
しかし中国からの安価な輸入品に押され事業は弱体化し、鉱山は1994年に閉鎖となった。数千人の雇用が失われ、町は衰退の道をたどっていった。

上東は韓国で最も豊かな町の一つだった
Photographer: SeongJoon Cho for Bloomberg
初のプロ選手
新たにスタートしたサンドン高校野球部は今、3年目のシーズンを迎えている。
昨年は、地方リーグで好成績を収めた学校が出場する全国大会で初勝利を上げた。今季は、全国選手権で100超のチームの中でベスト16入りを果たしている。優秀な選手を求める大学への進学で、選手に有利となる結果を残した。
9月には、右腕のエース、イム・ジョンフン選手がソウルの斗山ベアーズから新人ドラフト7巡目で指名され、初のプロ選手も誕生した。翌年に向けて、15人の募集枠に対して30人の志願者が集まった。いずれも、チームに加わるため転居を考えている有望な選手だ。

改装されたサンドン高校のジムで、野球部がトレーニングを実施
Photographer: SeongJoon Cho for Bloomberg
効果は、町全体に及んでいる。今年、町の人口は10年ぶりに増加に転じ、1000人を上回った。野球プログラムに参加する息子と共に、皆で町に移り住む家族が現れた。
地元の事業者も恩恵を受けている。チームに毎日朝食と夕食を提供する飲食店が生まれ、新たな住民を受け入れるため住宅の建設も始まった。
ここにきて産業が回復する兆しさえ出てきた。カナダの資源会社、アルモンティ・インダストリーズが進出し、タングステン鉱山再開とレアメタルのモリブデン生産の可能性を探っている。学校には新たな有力な支援者が加わった。
衰退する町に、野球が新たな命を吹き込んでいる。「町はかつてないほど活気にあふれている」と指摘するのは、古い食堂を営むキム・スネさん(61)。「子供たちは通りすがりの人を見かけると、いつも大きな声であいさつする。特にここの住民のほとんどが高齢者なので、人々はそれを喜んでいる」と語った。

サンドン高校野球部(寧越)
Photographer: SeongJoon Cho for Bloomberg
原題:How Baseball Brought a Dying Korean Town Back to Life: Dispatch (1)(抜粋)
