採算を考えれば確かにそうだ。欧米の基準に照らせばインドの賃金は安い。技術的知識で他国に引けを取ることもなく、すでに巨大な国内市場が存在している。
しかし、サムスンは中国の生産ラインを完全に放棄したわけではない。サムスンはいまも中国のJDM(合弁による開発生産方式)企業と提携し、低価格帯モデルの一部を製造している。一部といってもその数は数千万台に及び、20年以降急激な増加を続けている。
韓国のオンラインメディア『THEELEC』の記事によると、サムスンの24年の総生産高の25%を、このJDM方式による製造が占めることになる見込みだという。携帯電話メーカーはいますぐ製造拠点を中国からインドに移せばいい、という考えはあまりに短絡的だ。
「『生産地:インド』あるいは『インド製』といった表示を目にすることがあるかもしれませんが、これには少し注意が必要です。現時点では、その言葉が真に意味するのは『インドで組み立てられた』ということに過ぎないからです」とIDCのシンは言う。
携帯電話の部品を組み立てることと、その部品を製造することはまったく別だ。後者のほうが桁違いに複雑で難しい作業になることもあるだろう。
不確かな未来
CPUの製造工程を考えてみると、スマートフォン生産の複雑さと、生産拠点の即時移転がなぜ困難なのかが理解できる。
第一に、携帯電話メーカーの大半が自社でプロセッサーを設計していない。Android機種のスマートフォンには、クアルコムやMediaTek、あるいは知名度で劣るUNISOCのSoC(システムオンチップ:必要なすべての機能をひとつに集積した半導体チップ)が採用されている場合が多い。ところが、こうした企業も実際にチップを製造しているわけではなく、設計だけをしているのだ。これらの企業が「ファブレス(工場を持たない企業)」と呼ばれる理由はそこにある。
そうしたなかでサムソンは異例の存在となっている。「ファウンドリー」と呼ばれる半導体専門の製造工場を運営するとともに、社内にチップ生産部門を設けているからだ。とはいえ、サムソンの主力スマートフォンの多くがいまもクアルコムのチップセットで動いていることは、この分野の突出した専門性の高さを物語る事実だ。
高性能チップセットの製造に関しては、いまのところ半導体メーカー「TSMC」の右に出る者はない。TSMC製チップセットは、世界全体の90%を占めていると推定されている。
アップルの「M4」「A16」プロセッサーは? TSMCが製造している。NVIDIAの「RTX4090」グラフィックスカードは? 中核シリコンはTSMC製だ。テスの次世代自律走行車の頭脳となるチップも同様だ。インテルは22年から23年で122億ドルの損失を出し、24年にファウンドリー部門を分社化したが、それでも自社製PCのCPUにTSMCのチップを使用している。
TSMCは1987年の創業以来、他社設計の半導体製造を担う新しいファウンドリー事業を確立し、世界有数の半導体メーカーへと成長した。
問題があるとすれば、TSMCが台湾企業だということだ。中国の台湾侵攻時の操業継続は、スタートアップから各国政府まで、重大な懸念材料となっている。「製造拠点のインド移転」は単純すぎる解決策だ。グローバルビジネスは、政治的対立をどこまで抑制できるのか。今後数年間で、その真価が問われることになる。
