
沖縄戦は証言や記録だけでなく歌でも語り継がれてきました。5月に披露された歌は、沖縄戦などで家族を亡くした91歳の女性が、37歳の若手民謡歌手とともに完成させたものです。歌に託した平和への思いを取材しました。
(NHK沖縄 宮城杏里キャスター)
沖縄戦を伝える新たな歌
「思ゆらん戦争 忘てぃ忘らりみ 二度と無ん事に 語り継がな」
ことし完成した沖縄戦を伝える新たな歌。タイトルは「戦争華(いくさばな)」です。詞は、八八八六の4つの句からなる、伝統の「琉歌」で詠まれています。

書いたのは島袋安子さん(91)。太平洋戦争や沖縄戦で父と2人の兄、幼い弟の4人を亡くしました。伝統の旋律に、家族への思いや平和への願いを込めました。
その詞に、民謡歌手の仲宗根創さん(37)が曲をつけたのです。

自分がたどった道です。人生です。自分の気持ちを琉歌にしてみて、みんなで歌えたらどうかなと。本当にこんなにすばらしい曲ができると思ってもいませんでした。
悲しい情景を綴る
2人が知り合ったのは1年前。沖縄戦の曲は作ったことがないという仲宗根さんの助けになればと、島袋さんはほとんど語ってこなかった自身の体験も伝えてきました。

取材で訪れた日は、見ることを避けていた兄・榮一さんの写真を仲宗根さんに見せました。23歳のときの写真です。
1944年、ブーゲンビル島で命を落とした兄が、出征前夜に父親と杯を交わす姿を見て、涙する母親の情景を綴りました。


お父さんと杯をしているのを聞いている母親の悲しい姿。生き延びて帰ってこいよと言いたい気持ちはあっても言えないこの悲しさあわれさ、この姿が見られない。みんな涙するだけ。
1年間の試行錯誤

父親が葬られた場所も、ともに訪れました。戦争を体験していない仲宗根さんに、より深く理解してもらおうと考えたからです。
1945年3月26日、父親は、上陸を前にしたアメリカ軍の空襲で命を奪われました。その夜、遺体を近くに埋葬し、島袋さんは、母親と兄弟たちと読谷村から本島北部へ避難しました。

本当に当時はもうおっしゃる通り、頭真っ白で、これからお父さんもいない。どうするかな、それとこれから自分たちはどこに。

どういうふうにイメージしたらいいんだろうというのが一番悩みましたけど、こういう場所に来ると、よりこういうことがあったよというふうに話が聞けると、白黒の写真にだんだんすこしずつカラー、色づいていくというか、自分の中でより実感と込められる感情が違うのかなと思いました。
仲宗根さんは、島袋さんの思いをくみ取るため、およそ1年間、試行錯誤を続けました。
命の大切さを歌い継ぐ
そして、完成した曲は、6月、糸満市の平和の礎で披露されました。

沖縄の歌は、沖縄戦で起きた出来事や犠牲者を悼む思いを伝えてきました。「戦争華」と名付けられた新たな歌。亡くなった人たちの「魂」を「華」にたとえ、そのはかなさと命の大切さを歌い継いでいきます。

沖縄で生まれたものとしても発信していかないといけない。使命感をもって歌って行きたいなと思います。

この歌がこんなだったということを1人1人の心にとめていただいて、沖縄から発信していただければ。
「摩文仁丘登てぃ 眺みやい見れば 丘に立ち並ぶ 戦争華よ」

