バイオテクノロジー業界で今、大きな地殻変動が起きている。かつては模倣品の製造で知られた中国の製薬各社が、革新的な分野で欧米に挑む存在へと進化している。
がんや減量を対象とする新薬を含め、中国で開発が始まった新薬の数は昨年、1250件を超え、欧州連合(EU)を大きく上回り、米国の約1440件に迫った。ブルームバーグ・ニュースの独自分析で明らかになった。
以前は安価な模造品や品質問題で悪名高かった中国発の新薬候補が、今では厳格な基準をクリアし、規制当局や欧米の大手製薬会社からも高い評価を受けつつある。
製薬業界向け情報サービスのノーステラが管理するデータベースに基づくこの分析が示しているのは、医薬品を巡るイノベーション(技術革新)の重心が本格的にシフトしつつあるという現実だ。
ブルームバーグのデータ分析は、ジェネリック(後発医薬品)の組み合わせなどは除外し、革新的な新薬に限定している。

トランプ米大統領はすでに医薬品に関税を課すと示唆。中国のバイオテクノロジー分野での進展が、人工知能(AI)や電気自動車(EV)と並ぶ新たな米中間の競争領域となる可能性がある。
中国の変化はかつてないスピードで進んでいる。医薬品の規制制度改革に乗り出した2015年当時、中国が世界の新薬開発パイプラインに供給していた成分はわずか160件で、全体の6%未満。日本や英国にも及ばなかった。
改革によって審査手続きの効率化が進み、データ品質基準が導入され、透明性が向上。さらに政府が「中国製造2025」計画で重点10分野の製造業高度化を図る方針を示したことが、バイオテクノロジー投資の活性化につながった。
こうした動きをけん引したのは、海外で教育・訓練を受けた科学者や起業家らだ。

ノーステラのシンクタンク部門でバイスプレジデントを務めるダニエル・チャンセラー氏は中国について、「米国とほぼ肩を並べているだけでなく、成長の勢いもある」と指摘。「純粋にパイプラインに投入される新薬の数だけを見れば、数年以内に中国が米国を追い越すと考えるのは、決して大げさではない」と話した。
欧米が関心
より注目すべきは、中国のバイオテクノロジー分野におけるイノベーションの質の飛躍だ。業界内には、中国企業が単に効果のある治療法だけでなく、業界の潮流を変えるような新薬を開発できるかどうかを巡り常に議論がなされているが、さまざまな分野で中国の評価が高まりつつある。
米食品医薬品局(FDA)や欧州医薬品庁(EMA)など世界で最も厳格とされる規制当局は、中国製の医薬品について、審査を迅速化する追加リソースを投入するに値すると評価し始めており、優先的に審査するファストトラックなどの認定を付与している。
データによれば、こうしたスピード審査の取得件数は24年時点で中国がEUをわずかに上回った。

中国発イノベーションの初期的な代表例の1つとして、致死性の高い血液がんに対する有効な治療薬となる可能性を示した細胞療法がある
Photographer: Qilai Shen/Bloomberg
中国発イノベーションの初期的な代表例の1つとして、致死性の高い血液がんに対する有効な治療薬となる可能性を示した細胞療法がある。これは中国のレジェンド・バイオテックが最初に開発し、米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)が販売している。
開発過程では幾つかのスピード審査の認定も取得しており、米国発の競合療法より優れているとの評価もあった。
とはいえ、こうした認定を得た中国発の医薬品件数は、依然として米国発と比べ大きく後れを取っている。
中国で製薬のイノベーションを抑制している一因は、リスクを避ける傾向だ。現時点では、中国の大手企業の多くが既存の治療法の改良や従来のアイデアを新しいバージョンで展開することに力を注いでおり、これまで試されたことのない革新的な治療法に挑む企業は少ない。
高いリスクを伴う取り組みは、依然として米国や欧州が主導し、日本も関与している。

それでも、中国発の画期的な試みが大手製薬企業に買収される例が増えており、次の大ヒット薬を巡る競争の中心が東へと移りつつある兆しも見えている。
中国の康方生物が開発した新たながん治療薬は、中国で昨年行われた臨床試験で米メルクの「キイトルーダ」よりも高い効果を示した。中国バイオテクノロジー業界におけるDeepSeek(ディープシーク)とも評され、世界的な関心を呼んだ。
中国のAIスタートアップ、ディープシークは今年初め、高性能な対話型AIを投入し、中国のAI分野での躍進を示し、世界を驚かせた。
米サミット・セラピューティクスが世界的なベストセラーとなったキイトルーダを超える可能性があると新薬として、5億ドル(現在の為替レートで約740億円)の前払い金で米国などでの開発・販売権を22年に取得した際には、康方生物の企業価値も大きく膨らんだ。
他にも、メルクや英アストラゼネカ、スイスのロシュ・ホールディングなどの国際的企業が中国の医薬資産を次々と買収している。
今年5月には、米ファイザーが康方生物の治療薬に似た抗がん剤について、三生製薬(スリー・エス・バイオ)と12億ドルの前払い契約を結んだ。
バイオ医薬品の取引データベース、ディールフォーマによると、こうした契約は金額、件数いずれも増加しており、中国発の医薬品が国際的にも競争力を持ち、高収益を見込めるとの見方を裏付けている。
中国から生まれる新薬候補の数が増えていることもあり、常に新たな製品を求める国際企業にとって、「かつてないほど広く網を張れる状況になっている」とノーステラのチャンセラー氏は述べた。

中国のバイオテクノロジー企業が台頭している一因は、研究開発のあらゆる段階、つまり実験室での検証や動物実験から臨床試験に至るまでより安価かつスピーディーに進められる点にある。
コスト面での優位性もあり、中国企業は複数の試験を同時に実施して成功例を探ることができ、あるいは他の研究グループによって科学的アイデアが実証されると、すぐに新たなプロジェクトを立ち上げることも可能だ。
調査会社グローバルデータによれば、21年以降、中国は新たな臨床試験の実施件数で世界最多を記録し、臨床研究の主要拠点となっている。
ノボテック・ヘルス・ホールディングスの中国責任者で、臨床試験の実施支援を手がけるアンディー・リウ氏は、「中国企業は他国の競合を一気に飛び抜くことができる」と説明した。
最前線の一つ
もっとも、中国で得られた臨床データはあくまで出発点に過ぎない。米当局は中国のみで実施された試験結果がいかに良好であっても、薬の承認には不十分であることを明確にしている。
中国のバイオ企業が海外市場で医薬品を販売するには、その効果が中国人以外の患者でも再現されることを、より複雑で時間を要する国際的な試験で証明しなければならない。
中国の医薬品が米国や欧州で承認され、高品質の治療薬として広く普及するまでには、なお数年を要する可能性がある。ただし、業界内では、それが時間の問題であるとの見方も強まっている。

シンクタンクの民主主義防衛財団でリサーチアナリストを務めるジャック・バーンハム氏によると、「バイオテクノロジーは米中の技術覇権争いの最前線の一つ」だ。
バイオテクノロジーには経済的な意味合いや軍事利用の可能性があるだけでなく、米国人が中国発の先端医療に依存するようになれば、将来の紛争時にそれが武器として利用される恐れもあると指摘している。
世界の二大経済大国が対立を深める中でリスクはあるものの、康方生物のように自社の医薬品の欧米市場での展開を目指す動きもある。
同社の最高経営責任者(CEO)、夏瑜氏は4月のインタビューで、「製薬業界は世界で最も優れた産業だ」と述べ、「最終的にわれわれの仕事は、中国と米国、そして世界中の患者に利益をもたらす」と強調した。
原題:China’s Drugmakers Disrupt Global Biotech Power Balance(抜粋)
