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富山の市街地が焼き尽くされ、市民ら約3千人が犠牲となった富山大空襲。戦後80年、戦争体験者が年々少なくなる中で開かれた「富山大空襲展」に大勢の人が訪れています。
【写真を見る】「富山大空襲展」盛況 土日約1000人来場 戦争知らない世代が体験者の思いを継承する場に 富山
12日から県民会館で開かれている「富山大空襲展」。
市民団体「富山大空襲を語り継ぐ会」などでつくる実行委員会が、戦後80年にあわせて初めて企画した展示会で、土日で約1000人が訪れました。
1945年8月2日未明の富山大空襲は、米軍のB29爆撃機が市の中心部に50万発以上の焼い弾を投下。市街地の99.5%を焼き尽くし、約3千人が犠牲となりました。
展示会では、パネルを使って空襲にいたる歴史や富山大空襲の状況をわかりやすく紹介しています。
例えば、2回目の空襲警報が出された8月2日午前零時15分頃。ラジオの声、その時の人々の思いや行動を、証言や絵で再現。展示全体を通して富山大空襲を追体験できるように工夫されています。
訪れた子どもたちはー
「まちの火がこわかった。火だらけで」
「戦争はいつなるかわからないしこわいと思いました。戦争がないように楽しく暮らしていきたいと思いました」
■体験者から話が聞ける貴重な機会
13日午後、2人が富山大空襲の体験を語りました。当時10歳だった稲垣よし子さん(89)は、辺り一面火の海の中、神通川の河川敷に逃げました。
稲垣よし子さん
「富山大橋から神通大橋までの間に人が密集していたんです。そこへ焼い弾をバーッと。それこそ雨が降ってくるような。神通川をずっと捜し歩きました。父にはとうとう会えませんでした」
来場した人はー
「かわいそうだなと思った。平和な世の中になったらいいなと思う」
「平和の意味をしっかりと考えるいい機会になりました」
「同じように伝えられないとは思うんですけど、例えばきょうの展示のように、気持ちがあればできるんじゃないかなと思いました」
長年、富山大空襲の語り部を続けている佐藤進さんは。
語り部・佐藤進さん
「こういう機会を増やしてほしいですね。みんなに知ってもらいたい」
今回の展示会は、体験者から戦争を知らない世代へ、戦争の記憶と平和への思いを継承する場にもなっています。
「富山大空襲展」は7月17日(木)まで富山市・県民会館で開催されています。入場無料です。
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