世界最大の高級ブランドグループ、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンの苦境が続いている。中国での失速や米国の関税の脅威にさらされる中、75以上のブランドを抱える巨大グループは統制が難しく、明確な後継者計画の欠如も投資家の不安を招いている。
4月17日、パリ・ルーヴル美術館のガラスのピラミッドの地下にある会議ホールで開かれたLVMHの株主総会で、ベルナール・アルノー最高経営責任者(CEO)は、明らかにいら立っていた。矛先は、総会へ訪れた投資家を迎えるエレベーターの音楽に向かった。
クラシックピアニストでもあるアルノー氏は「昨年と同じ音楽で申し訳ない。個人的には、あまり良いとは思っていない」と不満を漏らした。満員の会場に気まずい笑いが広がる中、同氏は壇上の幹部に対し、来年の総会ではこの音楽を使わないよう指示した。
76歳のアルノー氏にとって、全てが順調とは言えない日々が続いている。年次株主総会の音楽に至るまで細部を自ら管理する「鉄の統制」で築き上げた850億ユーロ(約14兆1900億円)の巨大帝国は、今大きく揺らいでいる。

LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンの株主総会でのベルナール・アルノーCEO(4月17日、パリで)
Photographer: Nathan Laine/Bloomberg
LVMHの株価は、2023年4月のピーク時からほぼ半減し、時価総額は約2210億ユーロも失われた。同社の時価総額は欧州の上位3銘柄には入っておらず、フランスでも首位ではなくなった。その地位は皮肉にも、かつてアルノー氏がひそかに買収を試みて失敗したエルメス・インターナショナルに奪われた。アルノー氏自身も、富豪ランキングの世界1位から9位へと転落した。
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3640億ユーロ規模の個人向け高級品市場の潮目が急速に変わる中でも、カルティエを擁するリシュモンやエルメスは、LVMHに比べてはるかに粘り強い。ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、モエ・エ・シャンドンといったブランドを抱える同社にとって、状況はさらに悪化する可能性が高い。
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前例のない危機
多くの点で、現在の混乱は、LVMHがこれまで乗り越えてきた危機とは異なる。2001年の米同時多発テロや08年の世界金融危機は、強烈な外的ショックではあったが、その影響は、中国の経済成長と、高価なフランス製品を個人の成功の象徴として愛好する中国人消費者によって緩和された。
だが今回は、その重要な成長エンジンである中国が失速している。派手な生活に対する規制が強まる中で、中国の消費者は自国ブランドへの支出を増やしている。もう一つの重要市場である米国も、トランプ大統領が断続的に関税賦課をほのめかし、不透明感が強い。
関税交渉が激化する中で、アルノー氏はトランプ氏との数十年来の関係を誇示している。トランプ氏の大統領就任式にも出席しており、先月には息子のアレクサンドル・アルノー氏と共にホワイトハウスに招かれた。トランプ氏はアルノー親子を「私の非常に親しい友人たち」と呼び、一定の面会時間も設けられたが、関税の緩和には結びつかなかった。その数週間後、大統領は欧州連合(EU)からの輸入品に対し、50%の関税を課す考えを表明した。

中国事業の不振で、LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンは厳しい状況にある
Source: Bloomberg
幅広い事業
業界全体がマクロ環境の逆風にさらされる中、各社はその影響を和らげるために態勢の立て直しに動いている。グッチを傘下に持つケリングは、仏ルノーの再建を主導したルカ・デメオ氏を新たなCEOに指名した。
一方LVMHは、アルノー氏の買収好きな性格が状況をさらに複雑にしている。しばしば容赦のない手法でライバル企業を買収し、「カシミアをまとったオオカミ」との異名も持つ同氏は、多種多様な資産を抱え込むこととなり、他の高級ブランド企業には見られないほど幅広い事業に手を広げている。
グループが保有する事業は、収益の柱であるルイ・ヴィトンから、酒類事業のモエ・ヘネシー、化粧品小売のセフォラ、高級ホテルチェーンのシュヴァル・ブラン、さらには100ドル(約1万4600円)以上の高級ローストチキンを提供するパリのビストロ「ラミ・ルイ」まで、多岐にわたる。

業績の異なる事業群を抱えていることが、各事業の価値の合計より低く消化される「コングロマリット・ディスカウント」を招いている。ブルームバーグのデータによると、単一ブランドを展開するエルメスの株価は将来利益の約50倍で取引されているのに対し、LVMHは約20倍にとどまっている。
同社株を一部保有するエドモン・ド・ロスチャイルド・アセット・マネジメントのファンドマネージャー、アリアンヌ・アヤテ氏は、LVMHは「ポートフォリオの見直し」を行い、一部のブランドの売却も検討すべきだと提言する。
実際、LVMHは過去1年でオフ・ホワイトやステラ・マッカートニーなど、業績が振るわないブランドを売却しており、今後も特にワイン・スピリッツ部門で資産の見直しを進めるとみられている。
後継問題
経営課題の上に重くのしかかっている「触れにくい話」もある。後継者を巡る問題だ。アルノー氏にはいまだ引退の兆しは見えず、今年の株主総会では、CEOの年齢上限が80歳から85歳に引き上げられた。
他の家族経営企業と異なり、アルノー氏は5人の子どもたちをビジネスの中に組み込み、兄弟間の意見の違いも、表向きには巧みに封じてきた。だが、投資家たちの関心は今や後継問題に集中しつつある。

LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンのステファン・ビアンキ副CEO(左)とアルノー氏
Photographer: Nathan Laine/Bloomberg
アルノー氏の子どもたちがまだ経験を積んでいる中、同氏は昨年、自身の補佐役として、元アーサー・アンダーセンのコンサルタント、ステファン・ビアンキ氏(60)を副CEOに指名した。ビアンキ氏は今年の株主総会で、LVMHには中期的な後継計画と、「突発的な事態」に備えた計画があると述べた。それでも、明確な後継者が見えない状況に、投資家たちの不安はぬぐえない。
現時点では、LVMHはアルノー氏の強力な統制下にある。同氏は2016年、オックスフォード大学の討論クラブでこう語った。「たとえ成功している企業でも、12カ月以内に倒れるかもしれないという前提で経営すべきだ」。
原題:LVMH’s €221 Billion Slump Heaps Pain on Billionaire Arnault (1)(抜粋)
