住み慣れた実家が傾いていることがわかり、そこから高齢の母の終活と実家じまいを考える。
それに近いことは、多くの人が経験していることだろう。
総務省の令和6年4月の発表 によれば、令和5年までの「空き家」の件数は年々増加している。1978年からのグラフを見ても右肩上がりで、2023年は過去最多の900万戸が空き家となった。例えば誰も暮らさなくなった家も、取り壊すにはお金がかかる。そこを利用するにもお金がかかる。「実家じまい」という言葉で検索すると多くのハウツー動画や投稿が出てくるのは、それほど困っている人がいる証だ。
空き家数及び空き家率の推移-全国(1978年~2023年)/総務省「令和5年住宅・土地統計調査住宅数概数集計(速報集計)結果」
町田哲也さん連載「終活アパート」、では、76歳の母がひとりで暮らす築34年の実家の問題が明らかになったことで、紆余曲折を経て「新たな土地を購入してアパート経営を目指す」ことにした経緯をドキュメントでお伝えしている。
76歳の母は離婚した父が亡くなった2022年から、障害児専門の学童でフルタイム勤務をしていた。障害者学校などに勤務する教師の資格を生かして経営者からお願いをされての仕事だった。しかし76歳にとって、フルタイムは体力的には厳しくなってくる。実家の耐久性も不安だ。そこで町田さんが考えたのは、実家と別の場所に土地を買ってアパート経営をし、その管理のような形で母が将来的にアパートに住めるようにしておくというプランだった。
第4回前編はより具体的に「土地探し」をしてよさそうなところを見つけたエピソードをお伝えした。アパート経営は76歳の母の終活を考えてのものだ。では母はどのように思ったのだろうか。
Photo by iStock母に「終活アパート」の構想を話す
母にはじめてアパートの構想について話したのは、お盆休みのことだった。父の死後、母は傾いた古い家に暮らしていた。あくまでもぼくの個人的な資金運用の一環としてだが、母がその気になれば簡単な管理をお願いしたいし、住んでもらっても構わない。高齢の一人暮らしを見直す機会になればいいと思っていた。
76歳にしてフルタイム勤務。週5日8時間働く母が、一週間続けて休むのは久しぶりだ。障害者向けの学童で働いているので、夏休みもほぼ毎日出勤だ。障害のある子どもを持つ経営者が設立した施設で、教員経験のある母は重要な戦力だった。
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母はトーストに自分で作ったジャムという、いつもの朝食をぼくにも用意してくれた。のんびりした雰囲気だが、仕事が頭を離れないのだろう。学童の子どもたちが作る工作の準備や報告書などが、テーブルの片隅に置かれていた。
「あんたもお父さんに似てきたね」
母の第一印象は、そんな言葉に表れていた。父も50歳近くで、必要でもない引っ越しをしては大きな家に移り住んでいた。実現しなかったが、福島に土地を買って山荘を建てようという計画もあったという。大きなことをやることに、生きがいを見出す性格が重なったのだろうか。
「真似したわけじゃないけど、興味はあってね」
「住んでくれる人がいればいいけどね」
母は大学時代が寮暮らしで、アパートに住んだ経験は社会人になっての数年間しかない。もう半世紀も前の話だ。アパート経営など発想したこともないのだろう。ぼくがこの数ヵ月で調べたことを、興味深そうに聞いていた。
