教会で共同生活者と語らう藤藪。つらい別れを経て今があるという(5月22日、和歌山県白浜町で)=中原正純撮影教会で共同生活者と語らう藤藪。つらい別れを経て今があるという(5月22日、和歌山県白浜町で)=中原正純撮影

 白浜バプテスト基督教会(和歌山県白浜町)の藤藪庸一(51)は、この教会に通っていた小学生の頃、牧師になる夢を抱いた。

電話、くれましたか…三段壁で最後のSOSを聞く牧師「出会った人に最善を尽くしたい」

 きっかけは、父が読み聞かせてくれた小説「ビルマの
竪琴(たてごと)
」。主人公が、戦死した日本兵の鎮魂のため現地にとどまる場面に、「人のために犠牲を払える人になりたい」と思った。

 東京の大学で学び、保育園に勤めたが、人間関係に悩んで退職した。23歳で故郷の白浜に戻り、教会で伝道師として働いたが、そこでも人付き合いがうまくいかず、
悶々(もんもん)
とした日々を過ごした。
 ある日、電話をくれた知人が、目が悪くなって美容師をやめた際の経験を語った。「駅のホームに立って、前へ出たら死ねるけど半歩下がった。生きる道を選んだ」。知人の言葉を聞き、生きる大切さを伝える教会の仕事を全うしようと思った。 26歳で、教会の責任者である牧師になり、前任者が始めた「いのちの電話」を引き継いだ。学生時代に出会った妻の亜由美(57)も活動を支えた。しかし、経験不足の若い牧師の説得に耳を傾ける人は少なかった。 その頃、三段壁で、ある若い男性を保護した。 男性は、父親、兄と暮らしていた。兄はうつ状態で、父が生活を支えていた。男性は高校卒業後に就職したが、長続きしなかった。 「自分が父親の負担になっている。いない方がいい」と思い込み、三段壁に来た。死にきれず、その場から電話で助けを求めた。藤藪に保護された男性は、藤藪のもとで、同様に助けられた人たちと共同生活を送ることになった。 ほどなく、男性は「一緒に働く人がにらんでくる」と訴えた。藤藪は深く考えずに「本人に聞いてみぃ」と返した。短いやりとりだった。 その後、男性は「家族のもとに帰る」と告げて立ち去った。男性の遺体が九州で見つかったのは、2か月後。所持品に藤藪の名刺があった。 言葉が強すぎたのではないかと悔やみ、「『いのちの電話』はもうやめた方がよいのかもしれない」と思った。 ところが、亜由美は「私は、覚悟が決まったよ」と言い、一緒に活動を続けようと促した。人の命と向き合う限り、また同じようなことは起きるだろう。それを含めて引き受ける――。亜由美と話しているうちに、それが自分たちの役割だと気づいた。(敬称略) 政府は、悩みを抱える人の相談窓口として、「こころの健康相談統一ダイヤル」(0570・064・556)を開設している。