43人の死者と行方不明者を出した1991年の長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流から、3日で33年となった。被災地の同県島原市ではこの日、追悼行事が営まれ、市民らが犠牲者の
冥福(めいふく)
を祈った。
犠牲者の追悼碑に献花する関係者ら(3日午前、長崎県島原市で)=秋月正樹撮影犠牲者の追悼碑に献花する関係者ら(3日午前、長崎県島原市で)=秋月正樹撮影 ふもとの同市仁田町にある犠牲者の追悼碑前には献花所が設けられた。千羽鶴を供えた私立島原中央高3年の生徒(17)は「体験した人から話を聞いて、次の世代につないでいきたい」と語り、古川隆三郎市長も「教訓を次の世代に伝え、災害に強い市をつくることが私たちの使命だ」と述べた。

 大火砕流は91年6月3日午後4時8分に発生し、消防団員や警察官、火山学者、報道関係者らが犠牲となった。2年後の火砕流でも住民1人が死亡し、終息宣言が出たのは大火砕流から5年が過ぎた96年6月となった。市は毎年6月3日を「いのりの日」としている。