かとう・かずひこ 京都生まれ。東京・日本橋などで育つ。愛称「トノバン」は英シンガー・ソングライターのドノヴァンの曲をステージで披露したことなどに由来する。2009年10月、〈ただ、消えたいだけ〉などの言葉を遺し自死した。 1975年撮影(c)Sukitaかとう・かずひこ 京都生まれ。東京・日本橋などで育つ。愛称「トノバン」は英シンガー・ソングライターのドノヴァンの曲をステージで披露したことなどに由来する。2009年10月、〈ただ、消えたいだけ〉などの言葉を遺し自死した。 1975年撮影(c)Sukita
 音楽家の加藤和彦(1947~2009年)を描いた初のドキュメンタリー映画「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」がきょう公開される。ザ・フォーク・クルセダーズで一世を
風靡(ふうび)
し、サディスティック・ミカ・バンドで海外進出するなど、国内音楽シーンの先端を切り開き、変化し続けた。歩みを振り返る動きがCDや関連書籍でも広がっている。(北川洋平)

1音ずつ録音 声を倍速に…実験精神と別世界の発想◎AL=アルバム 写真はフジパシフィックミュージック提供◎AL=アルバム 写真はフジパシフィックミュージック提供 京都の大学生だった加藤は1967年、フォークルのアルバム「ハレンチ」を仲間と自主制作した。収録曲「帰って来たヨッパライ」は深夜ラジオから全国的に大ヒット。コミックソングと思われがちだが、ビートルズのアルバム「リボルバー」(66年)を参考に、歌声をテープレコーダーで倍速にして変化させるといったアイデアによる前衛的なポップソングだった。 実験精神と意外な発想が持ち味だった。後の音楽制作に関わった音楽プロデューサー牧村憲一は「加藤さんのレコーディング現場は、いつも新しいアイデアに満ちていた」と証言する。例えば、スタジオの楽器の配置をビートルズと同じにしたことがあった。また、シンセサイザーで和音を奏でる際、構成音の音色や強弱に微妙な違いを出すため、1音ずつ録音することもあったという。「不思議の国に住み、僕らと別世界で発想している人だとうならされ続けた」(牧村)フォークル時代の加藤(c)2024「トノバン」製作委員会フォークル時代の加藤(c)2024「トノバン」製作委員会映画で加藤を語る、きたやまおさむ (c)2024「トノバン」製作委員会映画で加藤を語る、きたやまおさむ (c)2024「トノバン」製作委員会
 フォークルは68年に解散し、加藤はソロで再出発した。この頃、フォークルで一緒だった北山修(現・きたやまおさむ)と発表した「あの
素晴(すばら)
しい愛をもう一度」も代表曲の一つだ。ドキュメンタリー映画では、若い世代によるトリビュートバンドが結成され、この曲を再レコーディングする様子を紹介している。
 今回編曲等を手がけたミュージシャンの高野寛は「加藤さんはさらりと演奏しているように見えるが、まねしようとしてもあのノリは出せない。冒頭のギターアンサンブルも色々試したが、原曲通りにはいかない。曲に謎や奥深さがあり、それでも覚えやすい名曲というすごさ。加藤さんの音楽性の神髄に触れた思いがした」と語る。(左)ミカ(左)の隣でギターを奏でる加藤 (c)2024「トノバン」製作委員会(左)ミカ(左)の隣でギターを奏でる加藤 (c)2024「トノバン」製作委員会 ソロになって度々欧米に渡り、音楽シーンの最前線に触れた。その刺激から72年に始動したのがサディスティック・ミカ・バンドだ。当時の妻だったミカや高橋幸宏、高中正義らとともに、気鋭のバンドサウンドを鳴らした。英国ツアーも展開し、海外進出のパイオニアになったが、ミカとの離婚もあって解散する。曲に謎や奥深さ それでも覚えやすいというすごさソロ活動時代にインタビューに応じる加藤(1980年掲載)ソロ活動時代にインタビューに応じる加藤(1980年掲載)
 77年には都会的なライフスタイルで知られた作詞家の安井かずみ(94年死去)と再婚。安井の
瀟洒(しょうしゃ)
な詞とともに、ボサノバやトロピカル、タンゴなど多彩な音楽性を取り入れたヨーロッパ3部作と呼ばれる作品群を手がけるなど、表現は絶えず変化していった。
 高野は「変わり続けるのはリスキーだし、ファンを困惑させるかもしれないが、背景には同じように絶えず変化したビートルズの存在があったのではないか。そして、加藤さんは変化こそアートだと考えていたと思う」と語った。 ミカバンドの度々の復活など、晩年まで創作は続いたが、最期は自死という突然の幕引きだった。牧村は「ハイセンスで優雅に見えた裏側には、悪戦苦闘してアイデアをひねり出そうとした加藤和彦もいた。後年、そのマジックが少しずつ消えていく中で、自身に対して失望していったのかもしれない」と語った。高橋幸宏の一言がきっかけ 再評価進む 映画「トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代」(相原裕美監督)は、加藤と交流が深かった高橋幸宏が生前「トノバンって、もう少し評価されても良いのじゃないかな?」と語ったことがきっかけで制作された。往年の加藤の映像や、きたやま、泉谷しげる、コシノジュンコらの証言から、その軌跡を描き出す。CDや書籍刊行も
 加藤が手がけた中から36曲をまとめた2枚組みアルバム「The Works Of TONOBAN~加藤和彦作品集~」(ユニバーサル)もリリース。ライター、編集者の前田
祥丈(よしたけ)
が加藤に行った貴重なインタビューが『あの素晴しい日々 加藤和彦、「加藤和彦」を語る』(百年舎)として再出版されるなど、その姿を伝える動きが広がっている。