八ちゃん堂創業者 川邊義隆さん〈8〉 18万円の中古車でたこ焼きの移動販売を始め、冷凍のたこ焼き、焼きナスと、独創的な商品を世に送り出し、気が付くと、30年余りの年月が流れていた。周囲からは「まだ早いのでは」とも言われたが、2009年に68歳で社長を退任。長く製造部門を担当し、常務だった長男に会社のかじ取りを託した。

九州自動車道・小郡鳥栖南スマートIC、ETCない車の誤進入に対応「環道型退出路」

 「行動力とエネルギーがある40代の息子に交代した方が企業として一層、成長できる」。そう判断した。 社長時代、最後に手がけた商品は冷凍ミカンだった。焼きナスと同じく本社を置く福岡県みやま市の特産品にヒントを得て開発。工場で皮をむいて冷凍し、食べる時にはむかなくて済むことから「むかん」と命名した。国産ミカンを使ったむかんは、移動中のおやつとして好評を得て、JR博多駅などで販売されている。川邊さん(右)を支えた妻の勝代さん(4月8日、福岡県みやま市で)=田中勝美撮影川邊さん(右)を支えた妻の勝代さん(4月8日、福岡県みやま市で)=田中勝美撮影 現在は顧問に就いているが、「順調に業績を伸ばしているので安心して引っ込んでいられる」と経営にはほぼ関与していない。それでも20年に新型コロナウイルスが世界を襲い、居酒屋など業務用の冷凍食品の需要が激減した時は、居ても立ってもいられず、常勤で専務を務める妻の勝代さん(84)に「赤字だけは出さないで」と伝えた。

 幸い、コロナ禍では業務用の落ち込みを、通信販売の家庭用がカバーして赤字にはならなかった。その後の回復で24年2月期決算の売上高は過去最高となった。「今の八ちゃん堂があるのは妻が支えてくれたから。たこ焼きの味を作り上げ、創業期から会社の経理会計、銀行との取引関係を担ってくれた」と頭が上がらない。 一方、隠居生活は性に合わず、11年に不動産会社を設立。みやま市の九州自動車道みやま柳川インターチェンジ近くに保有する土地については、様々な利用法の提案を受けた中から雇用を創出する食品スーパーに貸すことにした。 「地域の活性化に貢献することで、みやま市に恩返ししたい」。創業の地への感謝の気持ちを胸に、生涯、経営者の道を歩むつもりだ。(佐藤陽が担当しました)