評・苅部直(政治学者・東京大教授)
 ベルナルド・ベルトルッチ監督による映画『ラストエンペラー』を学生時代に
観(み)
たとき、清朝宮廷でのチベット仏教の存在感の大きさに驚いたことがある。それもそのはず、チベットにはダライ・ラマによる聖俗一体の政権が存在していた。そして清朝が「施主」として支援することを、「応供僧」である自分たちが受け入れるという対等のものとして、チベット側は両王朝の関係を理解していたのである。

『ボヘミアンの文化史 パリに生きた作家と芸術家たち』小倉孝誠著

 しかし十九世紀末には西洋諸国の東アジア進出、さらに日清戦争という国際情勢の激変のなかで、清朝はチベットの直接支配を主張しはじめる。そして辛亥革命による「漢地」の国家変革の前後を通じて、チベットはロシアや英国、さらに日本とも交渉しながら、「独立」を維持する道を模索していた。その過程で、日本の大陸浪人や天皇その人に、ダライ・ラマが親書を送っていたという事実も興味ぶかい。 本書はこの複雑な歴史を、現地語の貴重な史料をふんだんに用いながら明らかにする。現代史の見かたを、がらりと変えてくれる本である。(名古屋大学出版会、7920円)

読書委員プロフィル

苅部 直(
かるべ・ただし

 1965年生まれ。政治学者、東京大教授。専門は日本政治思想史。『丸山眞男』でサントリー学芸賞を受賞。ほかの著書に『「維新革命」への道』などがある。