
フルート奏者の柴田俊幸=写真右=と
鍵盤(けんばん)
楽器奏者アンソニー・ロマニウク=同左=によるデュオ・リサイタル――と言うと、ごく普通の営みに聞こえようが、世界で活躍する二人が試みたのは、類例のないものだ。
ウェールズ弦楽四重奏団、ベートーベン全16曲を6回で…サントリーホールの「チェンバーミュージック・ガーデン」
全15曲のうち、たとえば木製のフラウト・トラヴェルソとチェンバロで演奏するJ・S・バッハのソナタBWV1032もあれば、現代のフルートで吹く20世紀チェコの作曲家、E・シュルホフのソナタもある。それも後者ではフェンダー・ローズで伴奏。ロック音楽などでおなじみの電気ピアノだ。 そればかりではない。現代アメリカのP・グラス作品「ファサード」を、トラヴェルソとフォルテピアノで奏したり、逆にバッハの「バディネリ」をフェンダー・ローズで伴奏したり。時にあえて時代を「あべこべ」にするのである。
正統な演目を、正統な楽器を用いて、正統な様式で、といった規範に
抗(あらが)
っている。いや、そんな戦闘意識もないだろう。鍵盤楽器が曲間でじゃらじゃらと即興演奏する間、次はどのフルートにしようかと思案しているくらいだから、楽しんでいるに違いない。聴くほうもそう。C・P・E・バッハの作品に、ふと気づくと、ジャズのノリで肩を揺らしていた。
いわば領域区別が無化されたわけだが、まがい物くささがないのは、古楽という領域を学び修めた二人だからこそだろう。今昔双方の「しゃべり方」に通じており、多様な楽器を多様な文脈でどう鳴らせば説得力を打ち出せるかが分かる。彼らにとって「古楽」は、表現のための一手段、純粋な音響素材であるとさえ言える。 巧みだったのは、19世紀音楽を避けていた点。すでに無数の編曲ものがあり、やっても亜流とみなされるだろうから。他の演目も、いつかはそうなる? いまだけ可能な、いま聴くべき試み。(音楽評論家・舩木篤也) ――2日、東京・三鷹市芸術文化センター。
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