自宅は太平洋戦争終戦の日の早朝に焼失してしまったが、庭の灯籠などは終戦時の首相、鈴木貫太郎が過ごした当時のままだ。「よくお庭を歩いたり、池の金魚に餌をやったりしていました」。そんな祖父の姿が思い出される。
『テレビドラマは時代を映す』岡室美奈子著
1931年、鈴木貫太郎の孫として生まれた。45年5月、秋田県に学童疎開する直前、祖父に会いに官邸に行った。真っ赤に咲いた庭のバラの花を見ていると、家族と一緒に東京に残りたいという気持ちになった。母に「行かない」と伝えると、祖父からこう諭された。「道子はお友達と一緒に秋田へ行きなさい。若い人は安全な場所で暮らさなくてはいけない。次の時代を築いていってもらわなければならないからね」。「次の時代」という言葉が強く印象に残った。「祖父は次の世代のために戦争をやめようとしているんだなと思いました」と話す。 大学卒業後、文化放送に入社し、音楽番組のプロデューサーを務めた。退職後も海外の有名ミュージシャンをインタビューするなど、長く音楽評論家として活躍してきたが、数年前、家族から見た鈴木貫太郎について記録を残しておくべきだと考え、筆を執った。自身が見た姿、父母から聞いたエピソードを、肉親ならではの情愛あふれる筆致でつづった。歴史的事実は書籍などで調べ、ノンフィクション作家の保阪正康さんが監修、解説を担った。「神様が生かしてくれていた」 祖父は「運の強い人」だと語る。海軍軍人時代、軍艦から海中に落ちたが、救出された。侍従長時代の36年には、2・26事件で青年将校らの襲撃を受け重傷を負ったが、生きながらえた。その先にこの国の完全な崩壊を止めるという大役があった。「神様が生かしてくれていたという感じはありますね」。言葉に祖父に対する敬慕と、運命への畏怖がこもる。(朝日新聞出版、2090円)前田啓介
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