テレビ時代劇華やかなりし1978年1月、24歳の新たなスターが、ブラウン管にさっそうと現れた。「暴れん坊将軍」の主役に抜てきされて間もない頃、撮影現場では勝新太郎(右)から指導を受けた「暴れん坊将軍」の主役に抜てきされて間もない頃、撮影現場では勝新太郎(右)から指導を受けた 若き8代将軍・吉宗が正体を隠し、貧乏旗本の三男坊、徳田新之助として江戸の町に飛び出し、権力をかさに庶民を苦しめる悪党を成敗する。そう、ご存じ「暴れん坊将軍」(テレビ朝日系)だ。

 吉宗役の起用が決まり、撮影に入ったのは前年の23歳の時。その直前に舞台「天守物語」で坂東玉三郎の相手役の最終選考に残って注目されたことも、抜てきにつながった。面接で「(天守物語で)最後まで残った子だね」と言われたという。 番組が放送されていた土曜夜8時は、ドリフターズの「8時だョ!全員集合」(TBS系)、81年からは「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系)が裏番組という激戦区。「その頃は新人が主役なんてなかったから、最初は3か月(で終了)というウワサが流れました」
 め組の
頭(かしら)
役に北島三郎、じい役には有島一郎と、共演陣も名のある人ばかり。北島は新人の松平が主演と聞き「『人間の
條件(じょうけん)
』をやったあの子か。だったら出るよ」と快諾してくれたという。
 とはいえ、大先輩ばかりの現場は気を使いっぱなしだった。「自分が将軍と思い込んで(悪役を)斬り捨て、カットがかかったら椅子を持ってきて『どうぞ』ってやってました。最初の頃はゆっくり座れなかった」
 師匠の勝新太郎は「もう将軍なんだから安い酒は飲むな。居酒屋10回分をためて、いいとこ行って、そこで遊んでいる人たちを見て勉強してこい」とアドバイスをくれた。「生活は
画(え)
(映像)に出る」とも。豪放
磊落(らいらく)
な昭和の大スターらしい金言だった。
 有名になった「余の顔を見忘れたか!」の決めぜりふは、きっかけは覚えていないが、途中で生まれた。ただ、吉宗が自ら悪役にとどめを刺さず、切腹を命じたりお庭番が成敗したりする“お約束”は「将軍がけがれないため」だという。 初期には美空ひばりや江利チエミ、浜木綿子など豪華なゲストも話題に。当初のうわさをよそに、放送830回を超える大人気シリーズとなった。長く続く中で「特定のイメージがつくと他の役ができなくなる」と心配する声もあったが、「すごい楽しいから」と気にならなかった。「吉宗が将軍として成長して、私が役に慣れていって、ともに成長してできあがった役。途中からは半分以上、松平健でやってた感じです」 断続的に四半世紀続いた番組は2003年4月に最終回スペシャルを放送し、04年と08年にスペシャルとして復活した。時代劇の「いろは」を教えてくれた勝も1997年に他界。ふと空白ができ、今後を考えた。「これからはなんでもやらなくては」(松崎美保)