太陽を描く弥勒さん(2019年頃)太陽を描く弥勒さん(2019年頃) 宮崎県内の神楽や西都原の桜などを描き続けた同県西都市の画家、弥勒祐徳(みろく・すけのり)さんが16日、老衰のため亡くなった。105歳だった。中学教員として絵を教える傍ら、自らも創作に励み、白寿を過ぎても「動く絵を描く」との独自の絵画観のもと、宮崎に根を張って絵筆を握り続けた。(金堀雄樹、尾谷謙一郎)

「生徒の方がうまかった」 西都市三納出身。戦後、地元の中学校で教員となり、33歳の時に美術を担当したことをきっかけに絵を始めた。本格的な美術教育を受けておらず、「絵は好きだったが、当時は生徒の方がうまかった」と生前振り返っていた。西都原の桜を描いた弥勒さんの絵(西都市提供)西都原の桜を描いた弥勒さんの絵(西都市提供) 西都市の山あいにあり、今は廃村状態となった寒川の中学校への赴任が転機となった。壮大な山の緑に包まれ、イノシシ狩りをするなどして暮らす村民との出会いを通じ「自然が生きている」と感じ、「生きているものを生きた絵にしよう」と思うようになった。 ライフワークとして描くようになったのは神楽。各地に車を走らせて一晩中舞い続ける姿を目に焼き付けた。「神楽が何百年と舞い続けられてきたのは神楽の中に秘めるエネルギーがあるから。それを伝えるために描き続けないといけない」「見えたものを描くだけでは感動は伝わらない。見えないものを描くことの方がより強い感動を与える」。その独特の感性と、粘り強い創作活動から生まれた作品は、見る人の心に深い印象を残した。電動シニアカーに乗って創作 花や太陽も描き、90歳を超えても電動シニアカーに乗って西都原古墳群を訪れ、桜を絵にした。「自然は壮大なドラマを演じている。そのドラマをキャンバスに定着させることで絵になり、生きたまま描くことで感動を定着させる。それには体力、根気、忍耐力がいる。それに耐えないと感動を与える絵はできない」。著書には描き続けることの意味をそう記した。 県内の美術展で受賞を重ね、宮崎国際音楽祭では今年まで4年連続でメインビジュアルに作品が採用され、ポスターなどを飾った。弥勒さんの作品がメインビジュアルに採用された2021年の宮崎国際音楽祭のポスター(県立芸術劇場提供)弥勒さんの作品がメインビジュアルに採用された2021年の宮崎国際音楽祭のポスター(県立芸術劇場提供) 長男の猛さん(75)によると、昨年から高齢者施設に入所。今年2月の誕生日には、色紙に自筆で「人生はうんと明るく生きる生きる」としたため、4月上旬には車いすに乗りながら、入所する施設内で桜を力強く描いた。 猛さんは「おおらかに、明るく絵筆を持ち続けた父親。『絵に生きた人』と胸を張って言える」と話した。「作品と人柄で地域を魅了」 弥勒さんの作品を収蔵する高鍋町美術館で学芸員を務める青井美保さん(41)は2020年、展覧会会場を訪れた弥勒さんが、他の作家の作品に鋭いまなざしを向けていたのが強く印象に残っているという。 「美術のことを尋ねると『好きで描いているだけ』と笑うなど温厚な性格である一方、絵に対する厳しさや強い執念のようなものを感じた」と話した。写真のような絵とは対極的な、独自の描き方を追求してきたと言い、「作品は時間を取り込んだ『動く絵』であり、目に見えないものを醸し出していた。作品と人柄で地域全体を魅了する作家だった」としのんだ。 弥勒さんは12年、文化人として初めて西都市の名誉市民となった。橋田和実市長は「長年、芸術文化活動に尽力いただき感謝の気持ちでいっぱい。市民から『みろく先生』と親しく呼ばれ、人間味豊か、庶民的で、誰からも愛された先生の人柄がしのばれます」との談話を出した。

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