主演を務めた「タイタス・アンドロニカス」(2006年公演)=ホリプロ提供、写真・高梨光司主演を務めた「タイタス・アンドロニカス」(2006年公演)=ホリプロ提供、写真・高梨光司 10本のギリシャ劇をまとめ、上演時間9時間に及ぶ大作「グリークス」。2000年、蜷川幸雄の演出で、総勢50人の俳優の中に、吉田鋼太郎はいた。平幹二朗、渡辺美佐子、白石加代子、麻実れい、尾上菊之助ら、そうそうたる出演者の一人として“世界のニナガワ”の芝居に出る。「年収が上がるかもしれない。色々な所から声がかかるかもしれない」。当時41歳。稽古場では人の多さと出演者の豪華さに圧倒された。「今度こそは、怒られずに、目をかけてもらえるように」

 今度こそは――。実は20代前半の頃、蜷川の稽古に参加したことがあった。1981年に東京・西武劇場で上演された唐十郎作「下谷万年町物語」。主役のオーディションには落ちたが、約100人もいる“オカマ”役に呼ばれた。「そこのお前!」。蜷川から直々に怒られた。「オカマに見えねぇんだよ!」。散々な言われように「その場で心が折れた」。稽古に行ったのはこの1日だけだった。 それから20年。「グリークス」では王妃と共謀して王を殺す愛人役を演じた。とにかく万全の準備をして稽古に臨んだ。「蜷川さんの表情がどんどん変わっていった」と共演者に褒められ、蜷川当人からも「すごいね。好きなようにやって」と声をかけられた。心の中でガッツポーズした。
 そして2004年。彩の国シェイクスピア・シリーズ「タイタス・アンドロニカス」で主役に抜てきされた。ローマの将軍タイタスと、彼に息子を殺された女王タモーラ(麻実れい)との
復讐(ふくしゅう)
合戦で、残虐なシーンが多く、上演がまれな作品だ。
 「これで死んでもいいや」と無我夢中で初日の舞台に立ったが、蜷川は舞台に駆け上がり、手をパンパンとたたいて芝居を途中で止めた。吉田が切り落とされたはずの左手を使い続けて演技していたからだ。その時まで全く気付いていなかった。「異常なほどの高揚感。緊張というより、前のめりになっていた」と振り返る。 06年に再演され、シェークスピアの生誕地にある英国のロイヤル・シェイクスピア・シアターでも上演された。だんだん手応えをつかみ、最後はスタンディングオベーションに。「夢がかなっちゃった」。街を歩く人から「久しぶりに面白いものを見た」と言われ、売店のおばちゃんにも「チョコレート、食べる?」と気さくに声をかけられた。 「シェークスピアを生きる手段にした俳優として、一番の目標は本家の舞台に主役で立つこと」。最大の目標がかない、絶賛もされた。「この先、何を目標にしたらいい?」。そう思ったこともあるが、「役者という仕事は永遠に続く。どこまで行けるのだろうと、探しながらやるものだ」と、今は自分に言い聞かせている。(武田実沙子)