【和歌山】踊りに刻む 故郷の記憶 〜 〝稲むらの火〟の舞を廣八幡宮に奉納 フラメンコ舞踊家 辻本 元之さん

 広川町出身のフラメンコ舞踊家・辻本元之さん。濱口梧陵の生涯と村人を救った史実を題材にした創作演舞「INAMURA─稲むらの火」を今年も廣八幡宮へ奉納する。ライフワークとして情熱を傾けるその舞には、故郷への深い記憶と生への感謝、自身が果たす使命への決意が込められている。

運命の出会い

 和歌山市を中心に岩出、有田、田辺、奈良にも活動を広げ、今年スタジオ開設20周年を迎えた。「人の心や人生を表現したい」。舞踊家としての原点は25年前に遡る。   

梧陵や村人の思いに心を寄せて表現する

 建築撮影のために訪れた志摩スペイン村で、偶然目にしたフラメンコに衝撃を受けた。それまでは「女性がバラをくわえて踊るもの」程度の認識だったが、男性ダンサーが踏み鳴らす足さばき、回転、静止、そして汗に圧倒され、50分間一度もシャッターを切ることができなかった。   

 その後、和歌山市の教室に入門。やがて単なる趣味を越えて自らの人生を語る手段となった。「フラメンコはダンスではなく舞踊であり文化。歌とギターから生まれる踊りは、生きる喜びや悲しみを分かち合う魂の対話である」。その本質を伝えることが、現在の指導につながっている。

舞への決意

 広川町への思いを形にしたのが、奉納舞「INAMURA─稲むらの火」だ。題材は、安政南海地震の際、巨大な津波が迫る中で稲むらに火を放って村人を高台へ導き、その後も私財を投じて堤防を築いた濱口梧陵。地元で育った人間にとって梧陵は幼いころから身近で敬愛する存在だったが、町の外ではその偉業を知らない人が多いと知る。「自分には踊りがある。ならこの史実を文化として伝えたい」。郷土の記憶を受け継ぎ、次代へ伝えることが奉納を続ける柱となった。   

 体を使って思いを伝える背景には、19歳の時のバイク事故がある。右足切断の危機に瀕し、絶望の淵に立たされた際、姉が枕元に置いていった星野富弘著の『愛、深き淵より。』。全身不随となりながらも口に筆をくわえて創作を続けた姿に触れ、自分の嘆きの小ささを思い知らされた。「生きていることは決して当たり前ではない」。その気づきから生命力を呼び戻し、懸命なリハビリの末に奇跡的な回復を果たした。   

 事故に遭った11月14日を「第二の誕生日」と呼ぶ。生への感謝と「五体で使命を果たさねば」という強い思いが、情熱の源となっている。

人生の集大成

          廣八幡宮で奉納舞を見守る観客

 奉納舞の誕生は、2014年の「稲むらの火祭り」への参加がきっかけ。廣八幡宮の宮司が学生時代の恩師であった縁から、式典の前座で加わった。転機は2020年、コロナ禍による無観客での単独公演。「感謝と祈願の芸能を境内の舞殿で奉納したい」という申し出に、宮司が「町の勇気につながる」と快諾。これが現在の「INAMURA」の原型となった。

 今年も11月21日㊏に、同宮で奉納舞を披露する。梧陵の苦悩と功績を壮大な7つの幕で構成。演者一人ひとりが生を背負って踊ることで、感情の深みを描き出す。昨年は約400人が舞台を見守った。

 さらに、来週開催する芸能25周年記念公演「ラ カルマリャマ」(※)では、初めて廣八幡宮以外で「INAMURA」を舞う。「生きている奇跡と感謝を胸に、表現の高みを目指して踊り続けたい。故郷の誇りを次の世代へ届けるために」。挑戦はこれからも続く。

 ※10月23日㊎午後5時、和歌山城ホール小ホール。2000円。辻本さん(090・3978・3400)。

(ニュース和歌山/2026年10月17日更新)

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