John Norum - Photo by Tallee Savage

John Norum – Photo by Tallee Savage

ヨーロッパ(Europe)のジョン・ノーラム(John Norum)は米Guitar Worldの新しいインタビューの中で、憧れのゲイリー・ムーア(Gary Moore)が所有していた夢のアンプを手にいたこと、「The Final Countdown」のギターソロには皆が見落としている「秘密の音」があること、16歳のイングヴェイ・マルムスティーン(Yngwie Malmsteen)に完全に度肝を抜かれたことについて語っています。

■最近、オークションでゲイリー・ムーアが所有していた1972年製のSuper Bass 100を手に入れたそうですね。あなたは以前、夢のアンプだと話していました。

「ずっと憧れていたアンプヘッドだったからね。ゲイリーの機材の歴史を知っている人ならわかると思うけど、このアンプは80年代を通じて彼のサウンドの中核を担っていた。『Corridors of Power』や『Victims of the Future』をはじめ、1989年の『After the War』まで、あの時期の録音で聴くことができる。

つまり、80年代のほぼ10年間、彼のサウンドを作り上げていたのがこのアンプだったんだ。その後、『Still Got the Blues』ではマーシャルJTM45に切り替え、さらにSoldano SLO-100を使うようになった。僕は何十年にもわたってゲイリーのインタビューを読んできたけど、その中で彼はこのアンプヘッドについて何度も語っている。僕が史上最高だと思うギターサウンドは『Victims of the Future』で聴けるものなんだ。

だから、シリアルナンバーや来歴を徹底的に調べた。ゲイリーが所有していた1972年製のSuper Bassは1台だけで、もともとは紫色だったものを、誰かが艶のある黒に塗り替えていたんだよ。オークションに出品されたとき、これこそ探していたものだと確信した。値段なんてどうでもよかった。何としても手に入れたかったんだ。

(ノーラムは数年前、かつてピーター・グリーンとゲイリー・ムーアが所有し現在はメタリカのカーク・ハメットが所有している伝説的“グリーニー”レスポールと一緒に撮った写真を投稿していた)

(グリーニーとの対面を)思い出すだけで鳥肌が立つよ。あのレスポールを45年間も追いかけてきたんだから。実際に手に取ることができたのは、人生でも最高の出来事のひとつだった。夢がかなった瞬間だったね。ピーター・グリーンから続く、あまりにも豊かな歴史が詰まったギターだし、今はカークが所有している。ノルウェーのフェスティバル『Tons of Rock』で、メタリカと同じステージに立ったときのことだ。僕はステージ上で準備をしていたんだけど、ギター・テックがあのギターを持っているのが目に入ったんだ。

写真を撮らせてもらえないかと頼んだら、彼は“いや、弾いていいよ”と言ってギターを手渡してくれた。僕は片膝をついて、木材の響きを耳で感じられるように、ギターに頭を押し当てた。(公演の)オープニングのテープが流れるまでの数分しかなかったけどね。とにかく軽くて、ものすごく大きく鳴り響くギターだったことを覚えているよ」

■「The Final Countdown」のギターソロ

「すべてはリッチー・ブラックモアから学んだことなんだ。彼には感謝しないとね。あのソロには特殊なテクニックが必要で、ネット(の演奏動画)では間違った弾き方をしている人をよく見かける。かなり近いところまではいくんだけど、どうしても完全には再現できていない。実は、みんなが見落としている秘密の音があるんだよ。今に至るまで、その秘密の音を弾いている人を見たことがない。ほんの一瞬しか鳴らないなんだけど、確かにそこにあるんだよ。みんな毎回、必ずその音を弾き逃しているんだ」

■イングヴェイ・マルムスティーン

「80年代にはイングヴェイとよく一緒にいたから、僕に影響を与えたのは間違いない。彼はとにかく猛烈な勢いで弾きまくっていたよ。僕は彼の演奏をかなり早い段階で聴いた一人なんだ。当時、僕は15歳で、彼は16歳だった。友人が彼のドラマーのオーディションを受けることになって、僕も彼のドラムセットを列車でストックホルムまで運ぶのを手伝った。リハーサルスタジオに行って、そこで耳にした演奏に、僕はただただ驚いたよ。

いったい、こんな演奏がどこから生まれてくるんだろうと思いながら、ただ立ち尽くしていた。イングヴェイには完全に度肝を抜かれたね。友人は見事に仕事を獲得したから、僕らはそのスタジオでよく一緒に過ごすようになった。でも、そこはひどい場所だったよ。古びた地下室みたいなところで、ネズミがMarshallのアンプの山の上を走り回っていたんだから。

彼の4トラックレコーダーで一緒にいくつか録音したこともある。彼はウリ・ジョン・ロートになりきって、僕はマイケル・シェンカーのつもりで演奏していた。その後、僕らは2人ともアメリカに移住した。(バーの)レインボーで一緒に過ごしてからホテルに戻り、ビールを飲みながら朝までジャムることもよくあった。楽しい時間を過ごしたよ」

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