9月のゲームの祭典「東京ゲームショウ2026」(以下,TGS)。史上初の5日間開催も,ゴキゲンナナメなお天道様を前に苦笑させられた。
それでも例年どおり,会場の幕張メッセには多種多様なゲーム関連会社がブースを出展し,年に一度のお祭りを盛り上げていた。
そんなTGSではよく,「それゲーム関係あるw?」と思うような出展社が現れる。それらの多くはエンタメ界隈のいっちょ噛みであるが。
ときには,二度見しても意味不明なものがある。


ここは「鹿児島県伊佐市」。同市の役所や有志の地元企業団体「i-町んぐ i-thReee!」などが協力して出展しているブースだ。語弊を恐れず伝えるならば,九州の山奥の田舎からのエントリーである。
さらに彼らは,ゲームのショウにゲームも持たずにやってくる。しかも5年連続でだ。ついでに5回ともビジネスデイで撤収し,一般日になると姿形のない謎空間を生み出してきた。いわば幻のブースでもある。
という,ミステリアスさしかない鹿児島県伊佐市については3年前,2023年開催のときに興味本位で取材したことがあった。
もっとも,それっきりであったが。
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![[TGS2023]鹿児島県伊佐市が,ゲームも持たずに東京ゲームショウにやってきたワケ。いつか“インディー地方コーナー”ができたりして](https://www.walknews.com/wp-content/uploads/2026/10/1792016303_132_019.jpg)
東京ゲームショウ2023の会場・幕張メッセには,所狭しとゲーム関連のブースが出展されていた。そんななか,米や酒や賃貸情報などを持ち込み,「転生(ひっこし)してみたら?」の語を掲げる“鹿児島県伊佐市”ブースがあった。
[2023/09/26 08:00]
彼らは「まずは5か年計画」を目標に,2022年からゲーム企業の誘致などを狙うとして,TGSにブースを出展し続けてきた。
掲げたキャッチフレーズは「転生(ひっこし)してみたら?」。冒険心をくすぐるための展示は,名物の「伊佐米」や鹿児島焼酎「黒伊佐錦」,さらに物件情報などである。当然,ゲームの姿はない。
当時は「なんで地方自治体がTGSに?」という疑問だけでもネタになった。けれど,今では全国各地の自治体によるブース出展も珍しくなくなった。実際,今年はそこら中にあった。しかもそれらはだいたい,参加証明書とばかりにインディーゲームを引っさげている。
一方で伊佐市はというと,今年も顔パスとばかりに,両手に米や酒を抱えて「おっ,やってる?」とのれんをくぐっていたわけだが。会期直前のこと,そんな常連客から一通のメールが飛んできた。
「実は,伊佐市のTGS出展は今年で最後になるかもしれません。我々はこれまでの5年間で,TGSから持ち帰れるものが徐々に増えていったことで,今では想像もしていなかった新しい方向に進めています。そこで3年前の続きとして,5か年計画の“答え合わせ”はいかがでしょう?」
この,ナンパのプロを疑うほど魅力的な誘い文句を投げかけられ,私は3年ぶりに彼らのもとを訪れるほかなかった。
彼らと伊佐市とTGS
あらためて「鹿児島県伊佐市とはなんぞや?」のおさらいから。
同市は鹿児島県の最北に位置する,自称でも他称でもまごうことなき田舎だ。面積は約392平方キロメートル。アクセスは「電車も新幹線も飛行機もないです。スーパーへの買い出しも主に車です」である。
また“鹿児島の北海道”と評される気候は,夏が激暑。冬が激寒。WeatherBlaze調べの2025年の最低気温はマイナス3.7℃,最高気温は35.2℃だった。なお,4年前の2022年はマイナス6.4℃と37.6℃が記録されていた。昨今は本州もなかなかだが,寒暖差は完敗だ。
観光資源としては,“東洋のナイアガラ”とも呼ばれる「曽木の滝」を抱えており,旅行先としての魅力を備えている。最近は海外旅行者がリュックを背負い,トレッキングでやってくることもあるそうだ。
なお,県境の隣人たる熊本県・人吉市が,よりにもよって“夏目友人帳の聖地”であるため,そうと聞いた女子の心は秒で移ろいかねない。
Googleマップで見た,伊佐市(左下)と人吉市(右上)……あれ? 左のスクショは3年前のもので,そのときは「白身の量が違う」と罵倒していたのだが,右のスクショは2026年10月のもの。デザインや仕様の変遷があるのだろうが,見た目が明らかにビルドアップして列強の帝国みたいになってる


TGSの2日目の開場直後,ブースを訪れると甲冑武者に歓迎された。
以前の記事はTGS終了後,毎年恒例のとてつもない疲労で体を引きずりながら書いたことで(※),自分事ながら超辛口であった。
※TGS中のゲームメディアの人間は,早朝準備から緊張と高揚のなかで朝10時〜夕方17時まで取材。そこからホテル缶詰や帰宅後に深夜0時〜3時まで記事を書く。この数日間は控えめに言っても,1年で最もブラックでヘルである。だから会期終了後は枯れ木のようになるのである
当時の記事掲載については一報すら送らなかったが,素直すぎる所感で書いたことを当人らに感謝されたため,今回も素直に書いていこう。
などと,あいさつもそぞろに「率直にこの5年で成果はありましたか」と尋ねた。すると「ありました」と自信ありげに返ってきた。
左の男性が,3年前に話を聞いた人。ひと目見て「あのときの人だ」と思い出せた

まず2026年のホットニュースは,伊佐市に「地域おこし協力隊」の若者がやってきたというものだった。
地域おこし協力隊とは国の制度であり,過疎化地域に移住した協力隊員が数年間,地方創生のために活動をする仕組みのことである。
移住先は企業でいう出向などではなく,自分で選べる。また無償のボランティアでもなく,役所からの委嘱でちゃんとお給料も出る。恥ずかしながら,こういう生業があると知ったのは初めてである。
現地に来ていた隊員に話を聞くと,彼は名古屋でIT関係の仕事に携わっていたが,一念発起で移住を決意したという。移住したのは6月のことで,今は若い人ならではの発想で地域の課題解決に臨んでいる。
「伊佐市を選んだ理由は?」
「ITのことを田舎でやりたくて。伊佐市ではそういうことをやってる人がいなかったので,逆におもしろいかもと思いまして。あと,なんだかおもしろい人たちがいるなと」(ブースにいる人たちを指して)
なお,そう思ったきっかけはTGS……ではなかったらしいが。志望動機を膨らませていくなかでの参考情報にはなったそう。
隊員になって約3か月。彼は今,伊佐市が推進してきたeスポーツ関連の業務や,地域事業者へのAI活用のアドバイス,さらに地元の高齢者たちへのスマホ利用に関するレクチャーなどもしているらしい。
「実際に住んでみてどうですか」
「快適ですよ!」
「自然的な意味で? あるいは商業的な意味で?」
「両方ですけど,自然はすごくいいですね。景色がすごくいいです」
個人的に思う,田舎移住者がまず言いそうなことTOP3に入る感想しかもらえなかったものの,明るい笑顔からは不満も匂ってこなかった。
伊佐市ではこれまで,TGSも含めて地域おこし協力隊員を継続的に募集してきたそうだ。そのかいあって,これまで何人もの隊員が同市を訪れ,その大半が町に根付いてくれたという。
事実,総務省調べでは「隊員の約7割が任期終了後も定住し,地域で起業するケースが数多くある」とのこと。伊佐市も例に漏れず,他地域の若者が増えてきているそうである。
町おこしで求めることはいろいろある。けれど,最終的なゴールは「若い人がやって来る」だろうから,理想的な成果と言えよう。
とはいっても,それだけでは解決できない課題もある。
「2022年調べの人口は2万4157人でしたが,変動のほどは」
「だいぶ減りましたよ(笑)。若い世代の移住者は確かに増えていて,いろいろなお店を起業してくれたりしていますが,田舎というのはどうしても出ていく人のほうが多いものですから」
今年のパンフレットに書かれていた人口の値は,約2万2000人。これについては日本全体の問題であり,意見を表明するほどの気概も持てない。ただ,地域間で人が循環している実例を知れたのはタメになった。

この3年間では,念願のゲーム関連の縁も生まれていたようだ。
伊佐市は,エンターグラムが2025年1月に発売した,九州を舞台にした恋愛アドベンチャーゲーム「制服カノジョ2」とのコラボを実現させた。これは2年前のTGS会場であいさつを交わしたことから,美少女たちのデート地として取材を打診され,実際にゲームに登場したそうだ。
伊佐市がゲームで初めて取り扱われることが決まると,地域住民も喜んだという。これにより“神社で縁結び”な発想も生まれたとか。この件については「完全にTGSでの出会いです!」と断言していた。
個人的にも,伊佐市と出会った3年前の同時期,初代「制服カノジョ」に関する取材をしていたことがあった。
ついでに,今回のTGSで(この日の前日に)久々にエンターグラムのブースに足を運び,ご無沙汰のあいさつを交わしていた奇縁もあった。
そのときは両者の動向もつゆ知らずであったが,ここにきて私×伊佐市×エンターグラムの関わりが浮き彫りになった。
なんだか2023年の風水だのをさかのぼって調べたい気分である。

とはいえ,同作は“福岡を中心とした九州〜沖縄が舞台”のゲームで,伊佐市はあくまでスポット参加だ。聖地巡礼などの行動を生み出そうにも,ファンの多くは中心地(博多)を優先するはず。
当初の狙いであった,ゲーム会社の誘致という大目標と比べても,やはり小さく控えめな成果。そう思ったことを素直に伝えると。
「確かにゲーム企業さんの誘致は理想ですが,今の伊佐市にとってそれが高望みであることは,僕らが一番理解しています。しかし,ゲーム業界に足を踏み入れて可能性を見出すという,TGS出展の目標から考えると,少なくとも一つの実例は実現できたと思っています」
ほかにもいろいろやっている


伊佐市では,さらなる大きな野望も生まれている。
同市ではもともと,若手経営者たちにより2018年に設立された「伊佐地eスポーツ協会」と「鹿児島県eスポーツ連合 伊佐支部」が,単発的な盛り上げではなく,継続的な取り組みで地域とデジタルを結びつけ,地元の活性化につなげようと試みてきた背景がある。
地元企業団体の「i-町んぐ i-thReee!」もその一翼を担う。さらに現在は“仕事とゲームを両立させる”eスポーツ実業団の構想もあり,発足に向けて動き出しているとパンフレットに書かれていた。
しかしだ。昨今はeスポーツという語も社会に溶け込み(認知されたという意味ではなく,新鮮に思わなくなったの意),この一語だけで戦える時代ではなくなった。だが,そこもしっかりと考えたようで。
「eスポーツについては,なにかにひも付きましたか」
「ついにできました。プロチームとのコラボです。今年の一番の武器も,伊佐をeスポーツのキャンプ地にしませんか,です!」

コラボ相手は,福岡を拠点とするプロeスポーツチーム「QT DIG∞」(旧称:Sengoku Gaming)で,伊佐市は自然環境でリラックスしながら集中できる,eスポーツ合宿×デジタルデトックスを提案した。
具体的には,自然豊かなキャンプ地を整備し,eスポーツの練習環境を構築。アクティビティにはカヌーや釣りなどの水遊びを用意して,BBQや温泉なども提供。市や協力会社と連携して合宿ツアーをパッケージングする。これが今年になって形になった,新たな武器だという。
なお,現状は8月にPR用のモデルケースとして成立させただけの段階であり,サービスの提供には至っていない。これからもろもろの検証を済ませ,需要を確認したのちに実行に移すのは「2030年から」の想定とされている。これまた,今年からスタートした新5か年計画である。

疑問というか難癖としては,「自然環境でデジタルデトックス」という方向性だ。これはマジックワードに近い。というのも日本では,環境さえ整えれば(というのが一番難しいことだとしても)同じアプローチを仕掛けられる,自然自慢の地域がそこら中にあるのだ。
伊佐市と同じく,都市部から離れた場所で腕組みしている古豪の景勝地は多い。なんなら同市の隣接地域の大半が「――待てよ。オレもいるぜ(ニヤリ)」と,Here comes a new challenger! してきそうな。
ここは当人らも認識しているだろうが,「都会の人には物珍しい非日常体験!」のうたい文句は手垢がつきすぎている。これだけではキャッチフレーズとして弱い。勝負ができるのかも怪しい。
しかもだ。伊佐市は,鹿児島の北海道の二つ名をいただく試される大地系でもある。一応,その寒暖差ゆえに避暑地になる場所もあるそうだが,基本は夏向けだろう。実際に「これって夏向けですよね?」と尋ねたところ,「冬もありですよ!」と答えられた。
冬場に想定される最大のアクティビティは,「とりあえず自分たちで火を起こして温まる」とのこと。その火を使った料理としては「上手にできました,的なお肉とかですね」とのこと。
冬に関しては,まず間違いなく都会ヒューマンが想像するレベルの気楽さではないだろうが,解毒(デトックス)の境地には達せそうだ。

こうした市の改革に際して,地元住民の受け取り方に課題はないのか。それこそ,eスポーツのイの字もキャッチしていない人たちが,水面下で反発しているのではないか,といった懸念である。
これについて伊佐市では,町おこしにゲームをひも付けるものの,ゲームの普及が目的ではなく,ゲームを入り口として最終的に別の出口を考えていることを,多くの地元住民に理解してもらえているという。
そこがほかの地域とは違う,伊佐市の一番の強みだそうだ。
裏付けはあるのかと,新任の地域おこし協力隊員にも問うてみるが。「伊佐市の人たちは,あまり拒むことをしませんね。とても優しいです。もちろん,なにもトラブルがなかったとは思いませんが,外から来る方々を迎える気持ちが強いのは,自分でも実感しています」とのこと。
住民たちの多くも,今はいろいろな方面で「親から子へ」と移り変わりが起きている時期だという。年齢的には「70歳の父から40歳の息子へ」くらいのスライドのようだが,TGSだけ見ても,次の世代が地元のことを思って新しい活動に取り組んでいるのはよく分かる。
それでもなお,本当に困りごとはないのかと隊員にネチネチ問い続けると,「まあ言葉ですかね。50歳以上のお父さんとかは,飲み会だとほんとなに言ってるのか分からないんで(笑)」くらいは出てきて。
「まあでも,そういうのも楽しいです」と明るく笑われた。

と,締めに移る前に珍事を紹介しておこう。
TGS現地での取材中,私はICレコーダーを突き出し,4〜5名ほどを相手に話していた。誰が見ても分かる,あからさまに取材中の光景だ。
そこに1人のおじさんが現れた。どちらかというと,TGSらしさなど感じさせない,そこら中の道ばたにいる普通のおじさんだ。
彼はブース前にいた地域おこし協力隊員に声をかけ,なにかを手渡ししていた。私たちはそれを横目に話を続けていた。
すると,おじさんはこちら側にも臆せず踏み込んできて。
「これどうぞ! ウチのなんで!」
そう言って手渡されたのは,「スポーツ中にかけている眼鏡をズレにくくする小物」だった。率直に言って,今回のTGSにおいて最も「これゲームとなにか関係があるの……?」と思わされた逸品だ。
おじさんは取材中の空気などいっさい気にせず,今は遠慮してもらおうという意図の誘導にも動じず,腰低く1人ずつ,名刺を渡すかのごとく商品を配った。私は「きっと誰かの知り合いなのだろう」と思ったが,誰の知り合いでもない。全員,ただただ苦笑していた。
おじさんが帰ったあとのことだ。商品裏の製造元の住所を見て,妙に納得させられた。彼はどうやら,同じ鹿児島からやってきた薩摩男児だったらしい。しかもスポーツ用品メーカーではなく,私にもなじみ深いフォント屋さんだ(アニメ「鬼滅の刃」の挿入書体を手がけた書体メーカーとして知られる,昭和書体)。おそらく同じ郷土を思う者同士,TGSという場で親近感を持ち,あいさつにやってきたのだろう。
その島津豊久ばりに勇猛果敢に切り込んでは,風のように去っていった後ろ姿に敬意を払い,昭和書体からの新しい提案もここに残す。
昭和書体からの新しい提案,スポーツ用アイウェアグリップ「EarLock SPORTS」。もしかしたら,ARグラスを着けて動き回るときとかに使えるかもしれない


薩摩の風が吹いたあと,最後に「5か年計画の総評」を聞いた。
「やっぱり,TGSに出てみてよかったと思っています。ベクトルの違う業界に踏み込んだことで得られたものは多いですし,なにより僕らは,ほかの自治体さんよりも一足早くこうした活動に乗り出せましたし」
「そのうえでなお,伊佐市の展示は今も異色ですしね」
「そうですね。ほかのところはゲームを持ち込まれていますが,僕らはいまだに米だの焼酎だの,イレギュラーな武器ばかりです。それもすべては皆さんに“変な街あるぞ”って思ってもらいたかったので。答えの見えない活動でしたが,未知の正解は得られたんじゃないかなと」
「それに,同じ方向でやってもほかの地域の方々に負けそうですしね。政令指定都市などとは真っ向から戦えませんから。もちろん,王道路線で戦っている他地域はすごいなって尊敬していますが,伊佐市はとりあえずこの5年間,伊佐市にしかできない表現ができたと思っています」
王道に対してニッチな戦略で戦う。それはゲーム業界で言うところの,大手大作ゲームに対するインディーゲームに近い。両者,今はそれぞれの課題を抱えているが,インディーゲームが完全に潮流に乗ったことを考えると,伊佐市は戦略レベルで正解を引いていたのかも。
それも今年で最後。今回が5か年計画の最終年になる。
「一応,当初の5か年計画は今年で終了となります。そのうえで来年以降も見ていますが,それがTGSへの出展になるかどうかはなんとも言えません。今回,持ち帰れたもの次第ですね。それにTGSみたいに,皆さんにアッと驚いてもらえる場所はほかにもあるかもしれませんので」
「じゃあ,次はAIや半導体のEXPOにいたりも?」
「ありえますね。そういう予想できない場所とかも。ただ,この5年間で味わえたおもしろさは,TGSだからこそだったなと思えます」

地方創生のために場違いなところでアピールする。手段としてはよくある話だ。けれど,パッと思い浮かんだ発想で短期的な成果を求めるのではなく,5年かけて積み重ねた。それも企業どころか町という単位で。
鹿児島県伊佐市は今後,他地域の人にどのようなモデルケースとして見られていくのだろう。もしかしたら感化された地域が,来年のTGSでゲームを持たずに地方物産展スタイルで勝負するかもしれない。
しかし,それらが「ただやってみました」以上の成果を得るのは,そうたやすいとは思えない。伊佐市のようになにかにつなげ,なにかを成すには「彼ら自身,私に伝えるにもなんと言えばいいのか分からなかったであろう,言葉にするには色気がない,市内外での地道な活動と熱意」が必要なはず。それがなければ,きっと伊佐市の結果は再現できない。
伊佐市の場合,変だと思われる奇抜なワンアイデア――その裏側を支える,地元住民たちの組織と連携があってこその成功だ。実際にそうなのかは聞かなかったが,それが答えであると確信できる。
今後の伊佐市の活動が結実するかどうかは不明だ。商業メディアとしても,新作ゲームを放って地方自治体ばかりを応援するわけにもいかない。だけどまあ,必死に考えて全力で動く。そのシンプルな最強武器を握っているあいだは,田舎町とは思えない存在感を放ち続けるのだろう。
今年ももらえた,ノベルティの「伊佐eSPORTS米」

……それにしても。TGSのたびに(あいさつはしなかったが)ブースの存在を認知していた相手がいなくなるのは,ちょっぴり寂しい。
TGSではときどきあることだが,それがまた一つ増える。来年からは伊佐市が消えた悲しみを,昭和書体のおじさんで癒やしかねない。
なんて思ってたら,ちゃっかり6度目の出展をしてる。なんて光景も予想できる。そのときは驚き交じりに,思わず吹き出しそうだ。
