解体工事が進められていた「旧香川県立体育館」が、保存活用に向けての“最後のチャンス”を迎えています(詳細はこちらの記事を→https://bunganet.tokyo/kagawastop/)。この機に、BUNGA NETでは緊急連載「旧香川県立体育館に思う──アーキテクトボイス50」を行います(発起人:田根剛、佐々木睦朗、北山恒、宮沢洋)。この建築や今回の経緯への思いを、1日1人ずつアップしていきます。現地調査の期間は残り2日。41人目はCAtのパートナーで、国土交通省の社会資本整備審議会委員も務める赤松佳珠子氏です。(ここまでBUNGA NET編集部)

時間を蓄積する建築
2026年、日本では空き家が全国で約900万戸に達している一方で、都心部では再開発の勢いは衰えず、タワーマンションをはじめとする新しい建物が次々と建設されている。東京23区では、2026年1月から5月に供給された新築マンションの平均価格が1億6000万円を超えたという。空き家が増え、既存の建物が余っている一方で、新しい建物はつくられ続けている。
この一見すると矛盾しているような状況は、私たちが「建物」というものを、社会の中でどのように捉え、評価してきたのかを、あらためて考えさせる。
日本では、建物は完成した瞬間から、その価値が徐々に下がっていくものと考えられてきた。もちろん、建物の物理的な劣化は避けられない。しかし、建物そのものが持つ価値まで、本当に時間とともに失われていくのだろうか。
建物の価値を考えるとき、日本では長い間、土地の価値が中心に考えられてきた。建物は土地の上に載る「消費されるもの」であり、古くなれば壊して更地にし、新しい建物を建てる。その方が、現在の不動産市場や金融、税制、減価償却、保険、銀行融資、不動産評価など、社会を構成するさまざまな仕組みの中では、「経済合理性」が高いと判断される。
しかし、その「経済合理性」は、決して普遍的なものではない。今までの社会の仕組みの中で、合理的であるとされてきたにすぎない。
一方で、建築には、時間とともにしか生まれない価値がある。
そこに人が暮らし、働き、学び、集い、さまざまな出来事が積み重なる。建物と人との関係が長い時間をかけて形成され、その場所にしかない記憶や風景が生まれていく。建築そのものの技術や空間的な価値に加えて、そこに積み重ねられた時間そのものが、かけがえのない価値になることもある。
つまり、建築は「古くなる」だけの存在ではない。
時間を蓄積する存在でもある。
このことを、私たちはこれまで、社会の価値として十分に評価してきただろうか。
もちろん、建物を残すことが常に正しいわけではない。安全性の確保や維持管理にかかる費用、現在の使われ方との適合性など、現実的に考えなければならない問題は数多くある。建物を残すことにも相応の負担があり、それぞれの立場から異なる判断があることも理解している。
だからこそ、重要なのは「残すか、壊すか」という二者択一を急いで決めることではなく、その建物が持っている価値をどこまで捉え、残すためにどのような方法があり得るのかを、十分に検討することではないだろうか。
特に、一度壊されてしまった建物は、二度と元には戻らない。
記録を残すことはできる。図面も、写真も、映像も、3Dデータも残すことができる。しかし、それは建物そのものを残すこととは違う。実際の空間を体験すること、その場所に身を置くこと、建物と周囲の風景との関係を感じること、そこで人々が過ごしてきた時間を身体的に感じること。それらは、建物が存在して初めて得られるものだ。
そう考えると、いま問われているのは、ひとつの建物を残すかどうかという問題だけではない。
私たちは、時間を経たものを、社会の中でどのように評価していくのか。
新しくつくることだけではなく、すでにあるものを使い続け、手を入れ、価値を更新しながら次の世代へ渡していくことを、社会の価値として認めることができるのか。
これは、香川県立体育館という一つの歴史的な建築をめぐる問題であると同時に、これからの日本社会がどのような「価値観」を持ち、何を未来に引き継いでいくのかという問題でもある。
いま、旧香川県立体育館をめぐっては、多くの人がさまざまな立場から声を上げている。もちろん、それぞれの立場に、それぞれの事情や考えがあることも理解している。
しかし、これだけ多くの違った方向の声が上がっている中で、いま一度立ち止まり、議論を尽くすことはできないのだろうか。
「もはや議論は尽くされた」と言えるほど、この建物について、その価値について、そしてそれを失うことによって何を失うのかについて、十分に考えたのだろうか。
結論を急ぐのではなく、失われるものを見つめるための時間を持つこと。
それは、ひとつの建物を救うためだけではない。
時間を経たものが、時間を経たからこそ豊かになっていく社会を、私たちはつくることができるのか。
いま問われているのは、そのことなのではないだろうか。
赤松佳珠子/建築家、 CAt(C+Aトウキョウ)パートナー、法政大学教授
プロフィルはこちら→https://c-and-a.co.jp/jp/about/partners/
旧香川県立体育館(写真:磯達雄)
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