10月5日に開催されたキリンカップ決勝で、日本相手に一時は同点に追いつくなど健闘したニュージーランド代表。人口約500万人の島国はなぜ、直近10年でFIFAランキングを161位から88位まで上げ、北中米W杯にも出場できたのか?ダレン・ベイズリー監督の言葉から、ニュージーランドの「選手を知る」から始まる代表強化策を読み解く。
直近10年でFIFAランキング161位→88位の成長ぶり
2022年以来、およそ4年ぶりの開催となったキリンカップ。その決勝で日本代表と対戦したのが、ニュージーランド代表だった。
結果は2-1で日本代表の勝利。シュート本数も21本対5本と、スコア以上に“サムライブルー”が主導権を握った試合だった。
この試合でニュージーランド代表は、ケガなどの影響で、今夏に行われた北中米W杯のスタメンから7人が不在という難しいスカッド事情を抱えていたが、それでも、“オールホワイツ(ニュージーランド代表の愛称)”の現在地を感じさせるパフォーマンスを見せた。
絶対的エースのCFクリス・ウッドにボールが渡った瞬間、複数の選手が一斉にアクションを起こすカウンターの破壊力は抜群。特に印象的だったのが、32分のゴールシーンだ。左ウイングバックのベン・オールドが最終ラインから一気に加速すると、日本代表の帰陣を上回るスピードでゴールを陥れた。
ウッドを中心とした速攻は、北中米W杯でも効果的だった。グループステージ初戦のイラン戦では、2得点のいずれもウッドのポストプレーが起点となり、エースが相手の視線を集める中でアクションを起こしたイライジャー・ジャストが2ゴールを決めている。
2010年の南アフリカW杯以来、4大会ぶりの出場となったW杯では、目標としていた決勝トーナメント進出こそ叶わなかったものの、代表チームの成長を感じさせるパフォーマンスだったことは間違いない。
特に、直近10年間の成長ぶりは凄まじい。FIFAランキングで2016年に161位まで低迷したニュージーランドは、オセアニアという最もFIFAポイントを稼ぐことが困難な地域に所属しているにも関わらず、現在88位まで上昇。2025年にはコートジボワール、2026年にはチリを破るなど、力のあるチームとも互角に渡り合う機会が増えている。
かつてのように大敗を喫する試合も大きく減った。実際、日本戦でもゴール前で体を張る守備と鋭い速攻を武器に、最少得点差で最後まで食らいついている。
ベン・オールド(写真3枚目)
では、なぜニュージーランドは、国内にプロリーグが存在しないにもかかわらず、代表チームの強化に成功したのだろうか。
プロへの橋渡し役となった「ウェリントン・フェニックス」
その背景で大きな役割を果たしたのが、オーストラリアのAリーグに加盟しているプロクラブ、ウェリントン・フェニックスだ。
2000年代前半までニュージーランドには、国内にアマチュアリーグは存在しながらも、プロとしてプレーできる環境が存在しなかった。そのため、欧州をはじめとする海外クラブに自身の実力をアピールする場も限られていた。
実際、現主将のウッドはイングランドのウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン(WBA)、前主将のウィンストン・リードはデンマークのミッティランでプロデビューを飾っており、現在30歳以上の大半の選手が国外でキャリアを始めている。
クリス・ウッド
その状況を大きく変えたのが、ニュージーランド唯一のプロクラブの誕生だった。まずは2005年にオークランドを本拠とするニュージーランド・ナイツFCが、当時新設されたAリーグに参戦したものの、経営難に成績不振も相まって翌々年に解散。その資格を引き継いだのが、首都ウェリントンに拠点を置くウェリントン・フェニックスだった。同年以降、20季近くにわたってオーストラリアのプロリーグを戦っていることで、国内にいながら高いレベルの日常を経験できるようになっただけでなく、海外クラブやスカウトの目に触れる機会も増えている。
今や、多くのニュージーランド人選手がウェリントン・フェニックスを経由して欧州のクラブへと移籍している。北中米W杯のメンバーに選ばれた20代の選手17人のうち、10人が同クラブに所属した経験を持っていた。
2024-25シーズンからは、ニュージーランドの2つ目のプロクラブにあたるオークランドFCがAリーグに参加している。
ニュージーランド国内でプロ選手になれる選択肢が増えたことで、さらに選手の育成が進むことが予想されている。
U-17W杯、U-20W杯、パリ五輪、北中米W杯で指揮を執ったベイズリー
クラブレベルで育成の環境が整ったことに加えて大きかったのが、現ニュージーランド代表監督のダレン・ベイズリーの存在だ。彼は15年以上にわたって、同国代表の育成と強化に携わってきた。
イングランド出身の指揮官は現役生活の晩年に母国を離れ、ニュージーランド・ナイツFCに活躍の場を移した後、セミプロクラブのワイタケレ・ユナイテッドの一員として2007年に日本で開催されたクラブW杯にも出場した選手歴の持ち主。日本戦の前日会見で、ニュージーランドで引退することができたことを「幸運だった」と語った。
引退後、コーチ業へと移ったベイズリーは、2009年にU-17代表のアシスタントコーチに就任。2012年にはU-17代表監督となり、その後はU-20、U-23代表監督を歴任し、U-17W杯(2013年)、U-20W杯(2015年、2017年)、パリ五輪(2024年)という育成年代の国際大会で指揮を執った。
そして2022年11月には、U-23代表と兼任する形でA代表の監督に就任。一部のベテランを除けば、育成年代から指導してきた選手たちであり、彼らを育て、引き上げることで代表チームの強化へとつなげた。
ダレン・ベイズリー監督(写真2枚目)
このことについて、ベイズリーは「育成世代から選手と関係を持つことで、早ければ12、13、14歳の頃からよく知っている選手もいます。一人ひとりをよく知ることができたことで、彼らと強いつながりを持つことができました」と語った。
その上で、「これは私だけの強さというわけではなく、ニュージーランドのサッカー界の強さだと思います」とも語った。
「サッカー人口は少ないが、その分『密な関係』を築ける」
この「ニュージーランドのサッカー界の強さ」についても、日本戦の前日会見で詳細に教えてくれた。
……
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Profile
安 洋一郎
1998年生まれ、東京都出身。高校2年生の頃から『MILKサッカーアカデミー』の佐藤祐一が運営する『株式会社Lifepicture』で、サッカーのデータ分析や記事制作に従事。大学卒業と同時に独立してフリーランスのライターとして活動する。中学生の頃よりアストン・ヴィラを応援しており、クラブ公式サポーターズクラブ『AVFC Japan』を複数名で運営。プレミアリーグからEFLまでイングランドのフットボールを幅広く追っている。
