琉球放送
10月6日、古謝知事が就任して初めての県議会定例会が開会しました。
県政運営に関する本格的な議論が始まるのを前に、稲嶺恵一元知事にインタビューを行いました。「県民意識の変化が見られた」という今回の県知事選挙を振り返るとともに、現役時代の苦悩や古謝知事への期待などを語りました。
【写真を見る】稲嶺元知事が語る 沖縄県知事の苦悩と古謝知事への期待
■「新知事とちょうど半世紀違う」
「新知事と(年齢が)ちょうど半世紀違うの、50歳。1世紀半分で。いや、時代が変わりましたね」
そう言って笑ったのは第5代沖縄県知事、稲嶺恵一さん(92)。
1998年の県知事選挙で経済界出身の保守系の知事として初当選。2000年のサミット誘致や1万人の雇用創出、沖縄都市モノレールの開通などをけん引。沖縄の自立型経済を目指し、国と協調する形で沖縄振興に尽力しました。
普天間基地の問題については「15年の使用期限」や「軍民共用」などを条件に、「苦渋の選択」として当時の辺野古移設案を受け入れました。
■元知事が見た今回の県知事選は
稲嶺さんは、古謝知事が当選した県知事選挙をどう見たのでしょうか。
稲嶺恵一元知事:
「僕は地殻変動が起きた、起きたって言ったの。いわゆる若者の本土化、保守化だと思うね」
「若者の保守化」は、参政党の候補が12万票を獲得した去年の参院選や、自民党の候補がすべての選挙区で勝利した衆院選から予兆があったとし、県民意識の変化を指摘します。
「僕なんか1番感じるのは、「ウチナーンチュ」って意識ね。日本の中の沖縄県なんですよ、という意識なんです、今の若い人たちは」
「復帰までは沖縄の人はどうだったか。日本人じゃなかった。琉球政府のパスポートを持っていたわけでしょ。非常に複雑な心境があったわけですよ」
■「沖縄自身も見つめ直す必要がある」
沖縄戦や戦後27年間にわたる米国統治、そして本土復帰。翻弄され続けてきた「ウチナーンチュ」の意識は、政治判断にも大きな影響を与えてきました。
復帰後に生まれた人の割合が、人口の6割近くを占める今、稲嶺さんは、「ウチナーンチュ」という言葉の概念が変化したと受け止めています。
