トルコのアンカラで開催されたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議で、イタリアのジョルジャ・メローニ首相と米国のドナルド・トランプ大統領(7月8日撮影、写真:ロイター/アフロ)
(英フィナンシャル・タイムズ紙 2026年10月5日付)
ニューヨークで最近、面白い雑談ゲームが流行っている。米国はどこの国から怪しげな経済的な悪癖を取り込んでしまったのかを論じる遊びだ。
それはマレーシアではびこっている政治的な縁故主義だろうか。日常的な商慣行として賄賂が容認されているナイジェリアの態度だろうか。
あるいは、超富裕層がぜいたくな生活を送る傍らで貧困層が劣悪な環境で暮らしているブラジルの格差社会だろうか。
今日の米国には、こうした国や他の新興国と同じ側面がある。
(もっとも、近年は多くの発展途上国が経済成長や統治の面で先進国を上回っていることを考えると、「新興国」がもはや適切な言葉ではないように感じられる)
新興国よりもイタリアに近い3つの理由
だが、筆者は別の比較をしたい。米国はやはり激動の歴史を持つ西側諸国であるイタリアに似始めていると思っている。
そう言える理由は3つある。
まず、米国もイタリアも多くの途上国ほど露骨な汚職が深刻ではないにせよ、汚職の取り締まりから積極的に距離を置きつつある。
次に、政治におけるポピュリズムが両国で似たような形で現れている。
最後の最も重要な点は、米国の労働市場が決定的に重要な意味においてイタリアの市場と似ているように見え始めたことだ。
年配の労働者がいい職を維持し続ける一方で、若者がまともな仕事を見つけるのに苦労しているのだ。
まず、政治経済から見ていこう。
国際的な非政府組織(NGO)トランスペアレンシー・インターナショナルの最新の「腐敗認識指数」調査では、米国の腐敗度の評価は100点満点中64点(低いほど腐敗)となり、過去最低を記録した。
イタリアは53点でさらに低かったが、調査報告書は反腐敗の取り組みを弱めているとして両国を名指しした。
例えば、イタリアが公職者による職権乱用の犯罪化に抵抗していることと、トランプ政権が海外腐敗行為防止法(FCPA)を弱体化させていることは同じ種類の行動に分類される。
民主主義の後退が顕著
そう考えると、両国で民主主義が弱体化しているのも驚くに当たらない。
民主主義の状態を測定する学術プロジェクト「V-Dem」の2026年報告書は最近、民主主義の後退が近年最も著しい西側諸国としてイタリアと米国を挙げた。
米人権団体フリーダムハウスの調べでは、依然として「自由な国」に分類される他の国々と比べ、両国が権威主義的な政治経済体制へと相対的に大きく傾斜したことが明らかになっている。
米国はもはや、どんな良い意味においても例外的な国家ではない。
筆者自身、周囲の米国人が腐敗は蔓延していると考え始めているのを感じる。それは一般市民にはどうすることもできないものだという感覚だ。
これは政治の腐敗やよその国で見られる闇経済について、「仕方がないじゃないか」と肩をすくめるような態度を思い起こさせる。
最近の米ギャラップの世論調査によると、「政府内の腐敗が広く蔓延している」と考える米国人の割合は2006年の60%から現在の89%へと上昇している。
