
本年、私たちの県連は産声を上げてから60年、還暦という大きな節目の年を迎えることとなりました。1966年4月12日、初代会長・中尾熊喜氏をはじめ、県連の礎を築かれた幹部諸氏、そして歴代会長、会員各位のご尽力に思いを致し、その歩みを振り返る機会をいただきましたので、ここにお祝いの言葉を記したいと存じます。
県連は、文協、援協に続くかたちで約10年遅れて誕生し、以来、日系社会の三本柱、ご三家の一つとして歩みを重ねてまいりました。その間、日系社会の発展に寄与するとともに、日本とブラジルの友好、さらには両国の交流と国際親善の推進に大きな役割を果たしてきたことは、改めて申し上げるまでもありません。
とりわけ県連の事業として忘れてはならないのは、中尾初代会長のご尽力による、笠戸丸移民をはじめとする初期移民の皆さんの母国訪問事業であります。故郷を再び訪れたいと願いながらも、その機会に恵まれなかった多くの方々のために、中尾会長は私財を投じて訪日を実現されました。その尊い志は、のちに日本政府にも受け継がれ、多くの初期移住者が祖国を訪れる機会へと発展いたしました。
また、日本海外留守家族会連合会の田中龍雄会長(通商産業大臣、文部大臣を歴任)とも連携し、幾度にもわたって移住家族会の訪伯団を実現できたことも、忘れることのできない思い出であります。
1975年には、イビラプエラ公園の一角に開拓先没者慰霊碑が建立されました。和田周一郎第3代会長の時代のことあります。それ以来、歴代天皇陛下や内閣総理大臣をはじめ、県知事、文化人、芸能関係者など、多くの方々がこの慰霊碑に参拝されるようになりました。今日でも、要人が訪伯された際には最初に立ち寄られる場所として、多くの方々に受け継がれていることは、誠に意義深いことであります。
「移民のふるさと巡り」は、旧移住地を訪ねる事業として始まり、今日ではコロニア日系社会を代表する行事の一つへと発展いたしました。これは高野芳久第5代会長の時代、1988年の移民80周年を記念して始められたものであり、現在でも多くの皆さまに親しまれている人気事業となっております。
1990年には、ブラジル日系人との交流を目的とした「ふるさと創生事業」を県連主催で実現いたしました。これは日本の自治省(現・総務省)、自治体国際化協会(CLAIR)と幾度も協議を重ね、ご協力をいただいて実現した事業であります。
日本全国47都道府県の代表者をブラジルへお招きし、サンパウロ市、CEASA、スザノの大規模日系農家に民泊していただきながら、イグアスの滝、ブラジリア、リオ・デ・ジャネイロなど各地をご案内し、それぞれの地でブラジル代表の若者たちとの交流会を開催いたしました。日伯関係について率直に語り合うことができた、極めて有意義な事業であったと今なお深く心に残っております。
1995年には、県人会の若手が中心となって郷土食・郷土芸能祭をスザノなどで始めました。そして移民90周年を迎えた1998年には、イビラプエラ公園マルキーゼを会場として、47県人会が一堂に会する本格的な第1回「郷土食・郷土芸能祭」へと発展いたしました。現在では名称を「日本祭り」と改め、第27回を迎えるまでに成長しております。毎年20万人前後が訪れるコロニア最大の風物詩として広く親しまれるようになったことは、皆さまもよくご承知のとおりであります。
また、県連は19 90年年代前半、北米、欧州、アジア、中南米に在住する日本人と連携して在外選挙、つまり海外に居住する日本人の衆参両院の選挙権を保障する請願をしました。その後、北米在住日本人からこの件に関する裁判もあり、日本政府との数々の交渉を通じ、最終的に実現する運びになりました。
また、1998年、移民90年にサントス在住の故・上新氏(元サントス日本人会会長)、故・石井秋太郎(ブラジル相互協会事務局長)から、サントス市に日本移民上陸記念碑建立する計画に関して、当時の県連の私たちに相談があった。
この建立のため、全国知事会の協力を得て、移民90周年事業としてこれを完成した。今日、サントス市観光のスポットとして多くに見学されております。まだご覧になっていない方は、ぜひサントス訪問の折に足を運んでいただければと存じます。
このほかにも、県連主催によるゲートボール大会や日本語弁論大会など、一年を通じて各県人会との交流を深めるさまざまな事業を積み重ねてまいりました。それぞれの催しは、親睦を育み、日系社会の結び付きを強める大切な役割を果たしてきたものと存じます。
しかしながら、1世から2世、3世へと世代交代が進む中で、日本の出身母県とのつながりは、着実に薄れつつあるように感じられます。1世移民の方々が次々とこの世を去られ、日本との交流が以前ほど身近なものではなくなりつつある現状に接するたび、県人会の将来に一抹の危惧を覚えるのは、決して私一人ではないと存じます。
そこで私は、県人会、そして県連の今後の発展を願う立場から、二つの提案を申し上げ、皆さまのご参考に供したいと思います。
一つ目は、毎年開催される日本祭りを基盤として、日本各都道府県の特産品、すなわち各県の物産をより本格的に紹介・販売することであります。そのためには、JETRO、JICA、さらには各県庁のご協力も積極的に仰ぐべきではないかと考えます。すでに「いいもの展」では、母県から企業にご参加いただいておりますが、各県人会においても、日本酒やラーメン、郷土の土産品などを製造している企業に、さらに広く参加を呼びかけていただきたいと思います。
日本祭りの日程に合わせて各地の物産を紹介することは、日本への関心を高めるだけでなく、県人会自らが販売に携わることで財政基盤の強化にもつながり、今後の活動を支える大きな力になるものと確信しております。
もう一つは、日本への観光ツアーを県人会や県連が企画し、各県の魅力ある観光地を、より積極的に紹介していくことであります。北は北海道から南は沖縄まで、日本各地には四季折々の美しい風土と文化が息づいております。まだブラジルでは広く知られていない日本各地の魅力を紹介し、多くのブラジルの方々に日本をより深く知っていただくことは、誠に意義深いことではないでしょうか。
この事業は、私が山梨県人会長を務めていた時代、また先代の高野会長の時代に実際に取り組んだものであります。当時、毎年開催されていた国民体育大会や、毎年4月に行われる武田信玄公祭りに合わせ、約100人規模の日本訪問団を2回ほど派遣いたしました。日本の山梨県をはじめ関係各位から温かいご支援を賜り、大変な歓迎を受けたことは、今なお忘れることのできない懐かしい思い出であります。
その際には、当時の南米銀行のご協力をいただき、カルネを活用して約2年間にわたり、毎月100米ドル相当のレアルを積み立て、旅費を準備いたしました。参加者の皆さんが地道に努力を重ねた結果、この事業は大きな成功を収めることができました。観光ビザを必要としない現在だからこそ、日本への訪問を、県人会や県連がより積極的に主導してもよいのではないかと、私は考えております。
人と人との交流こそが親善の礎であることを思えば、郷土物産の紹介・販売の一層の充実と、訪日観光団の派遣は、これからの県人会にとって極めて意義深い事業であると確信しております。谷口会長をはじめ理事会の皆様におかれましては、どうかこれらの提案について十分にご検討いただければ幸いに存じます。
先人の皆様が長い歳月をかけて築き上げてこられた県人会という尊い財産を決して無にすることなく、未来へ向けてさらに有効に活かしていくことこそ、今を生きる私たちに課せられた使命ではないでしょうか。その願いを込めて、この二つの提案を申し上げ、県連創立60周年の記念にあたり、お祝いと感謝の言葉に代えさせていただきます。(9月記)
【編注】網野氏は19 94年から2000年まで3期、県連会長を務めた。
