一口飲むと、米の甘さが凝縮された優しい味わいが口いっぱいに広がる。
食品添加物を一切使わずにこの甘さを引き出しているという甘酒。
その味の秘密は「麹」にある。

沖縄のビジネスの最前線に迫る経済トーク番組「OKINAWA BUSINESS FRONTLINE」。
今回の特集は、沖縄で麹と発酵のある食卓を届ける専門店「仲宗根糀家」だ。
2013年に仲宗根悦子さんが創業し、米麹や甘酒、調味料などを製造・販売。
昨年、事業承継により山川剛司さんが2代目社長に就任して以来、販路は拡大し、SNSのフォロワーは1万人を超えるなど急成長を遂げている。
一人の熱心なファンが、なぜ社長になる道を選んだのか。そして、売上を3倍にまで伸ばした裏側には何があったのか。急成長を続ける仲宗根糀家の今に迫る。

60歳で起業、きっかけは自身の病

仲宗根糀家の創業者であり、現在は会長を務める仲宗根悦子さん。事業を始めたのは60歳になる年だったという。きっかけは、自身が心筋梗塞を患ったこと。「なんでこんな病気に私がなったんだろう」と考えた末にたどり着いたのが「食」だった。
「和食の食事もすべてが麹から始まってるんだよっていうふうに、お味噌にしても、醤油にしても、お酢にしても、みりんにしても」。自然のものを食べようと麹について知る中で、沖縄では麹屋が浸透していないことに気づく。「ないなら自分で作っちゃおう」という想いが、創業の原点となった。
御年70歳を超えた今も、料理教室の最前線で講師として活躍する創業者を、2代目社長の山川さんは「本当にパワフル」と語る。
そのエネルギッシュな姿は、まさに麹の力を体現しているようだ。

ファンが社長に。異例の事業承継

沖縄では後継者不足が課題となっているが、仲宗根糀家の事業承継は非常に珍しいケースだった。
社長の山川さんは、もともと別の会社に勤めており、営業で仲宗根糀家を訪れたのが最初の出会いだった。
「自分が営業行ったんですけど、気が付いたら自分が営業されてて」と山川さんは笑う。当時、体調が優れなかった山川さんは、創業者に勧められるがままに甘酒を飲み始めた。
すると、2、3週間で自身の体調の変化を実感。「これだったら続けられる」と、一人のユーザーとして麹や発酵の世界にのめり込んでいった。

そんな中、後継者がいないという話を聞き、「自分でこの会社を残したい、この商品を残したい」という一心で手を挙げた。根拠のない自信はあったものの、それは「誰よりもこの商品が好きだ」という強い想いに裏打ちされたものだった。

沖縄は「発酵の島」?黄麹づくりの難しさと可能性

泡盛に使われる黒麹が主流の沖縄で、仲宗根糀家が作るのは黄色い麹「黄麹」。お米を蒸し、そこに麹菌をまぶして作る米麹が、甘酒や塩麹などさまざまな商品の原料となる。
しかし、黄麹は高温多湿に弱く、温度管理や雑菌の繁殖を防ぐコントロールが難しいという課題がある。一方で、山川さんはこの沖縄の気候を「表裏一体」だと捉える。「菌が活発に動きやすい環境でもある」とし、沖縄を「発酵の島」と呼ぶ。菌が働きやすい環境をいかに整えてあげるか。そのサポート役を担うのが、自分たちの仕事だと語る。

こだわりを守り、売上3倍増へ

山川さんが入社してから、会社の売上は約3倍に増加した。その要因は、県内70カ所に及ぶ販路拡大や、シークワーサーやパイナップルなど甘酒のフレーバーを増やすといった商品展開にある。
番組では、店舗兼事務所の様子も取材。店内には米麹や塩麹、醤油麹といった調味料から、ジェラートやクッキー、さらには米麹で発酵させたキムチソースまで、多彩な商品が並ぶ。
その裏側にある工場では、徹底したこだわりが見られた。米麹は3日間かけて作られ、乾燥させずに「生」の状態で冷凍保存することで鮮度を保つ。一般的な製法とは異なり大量生産は難しいが、その製法こそが品質の要だ。
また、麹菌にとって天敵だという納豆菌を避けるため、社員は全員納豆を食べないという徹底ぶり。目に見えない菌と向き合う繊細な作業が、日々続けられている。

目指すは「沖縄の健康寿命、日本一」

「沖縄の健康寿命を日本で一番にしたい」。それは創業者から受け継いだ大きな目標だ。山川さんは、この目標を達成するためには、現在の規模ではまだまだだと語る。
守るべきこだわりは守りながら、さらに多くの人に商品を届ける。その鍵となるのが「発酵×沖縄食材」だ。台風で規格外となったバナナなど、味は良いのに売れない農産物を発酵の力で新たな商品に生まれ変わらせる。そこに、仲宗根糀家の未来の可能性が広がっている。

麹への強い愛情と、沖縄への熱い想いを胸に、挑戦を続ける山川社長。
「OKINAWA BUSINESS FRONTLINE」YouTubeで見逃し配信中。

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