離婚後、感情的な対立から親同士の連絡調整が滞り、子どもが離れて暮らす親に会えなくなる——この社会課題にITで挑むのが、離婚後子育てサポートアプリ「ラエル(raeru)」を運営するGUGEN Software株式会社だ。「Miyagi Pitch Contest 2025」のファイナリストとして最終発表に進出し、その後「宮城県親子交流連絡調整支援事業」の事業者に採択された。代表取締役の境領太氏と、宮城県保健福祉部子ども・家庭支援課の担当者に、行政とスタートアップの協業が実を結ぶまでの過程を聞いた。

3年以上のボランティアで見えた「会えない子ども」を取り巻く課題

境氏は元々、クライアント企業向けのソフトウェア開発を手がける経営者だった。自社発プロダクトの種を探すなかで出会ったのが、離れて暮らす親子が定期的に会う「親子交流(面会交流)」の現場だった。「連絡をLINEですると長いレシートのようなやり取りになってしまう。場所と時間を決めるだけなのに、なぜか喧嘩になってしまう」という当事者の声がきっかけだった。

その課題をより深く理解するため、境氏自身が3年以上にわたり、親子交流支援のボランティアに従事した。子どもを預かり、離れて暮らす親のもとへ届け、交流の様子を見守る活動だ。「子どもが久しぶりに会う親に抱きついて喜ぶ姿を多く見てきた。それが親同士の関係を理由に会えなくなってしまうのは、子ども、親、社会にとってもったいないと感じた。」この実感が、ラエル開発の原点になった。

このセクションのポイント

・創業のきっかけは、既存クライアントワークとは別に見出した「親子交流」という社会課題
・代表自らが3年以上、現場のボランティアとして当事者理解を深めながらサービスを開発・運営
・サービス名「ラエル」は「これなら会える」に由来

ラエルとは——3段階で構成される親子交流支援モデル

ラエルは2022年8月にサービスの提供を開始し、2026年8月時点で登録者数は1万5,500人を突破。サービスは3段階で構成される。①アプリ上での父母間コミュニケーション支援(アプリは無料、有料の「ラエルプレミアム」は月額500円〜)、②支援員が父母の間に入って連絡や日程の調整を行う「ラエルあんしんサポート」、③弁護士や、家事調停委員・家庭裁判所調査官などの経験を持つ調停人が担う、法務大臣認証ADR(裁判外紛争解決手続)「ラエル調停」だ。

「必要なところに重点的に専門人材を投入する」ことで、全件に人手をかけず専門性を担保する設計になっている。利用経路はSNSや口コミが中心だが、直近1〜2年は弁護士などの専門家からの紹介も増えており、専門家からの評価も高まっている。

このセクションのポイント

・サービス開始から4年で登録者数1万5,500人
・「アプリ(無料・低単価)→あんしんサポート→ラエル調停(専門人材)」の3段階で人的コストを最適化
・SNS・口コミに加え、弁護士などの専門家からの紹介も増加——専門家からの評価が高まっている

双方に同じ設定ができる設計——距離感とプライバシーへの配慮

ラエルのメッセージ機能は、一般的なメッセージアプリと比べて制限を設定できるのが特徴だ。離れて暮らす父母が、一定の距離感を保ったままやり取りできるようにするためである。送信の回数、送信できるタイミング、文字数(100文字まで/500文字までの2段階)を関係性に応じて設定でき、その設定は父母がそれぞれ相手に対してかけられる。定型文以外の文章を送る「緊急メッセージ」では、AIフィルターが攻撃的な表現を検知して送信をブロックする。操作に不慣れな利用者向けには、ホームページでの動画説明やヘルプも用意している。

プライバシー面では、離婚後特有の懸念に対応し、互いの連絡先や居住地域が分からないように設計されている。必要に応じて連絡先を共有することもでき、送信する写真や動画の位置情報は自動的に削除される。「関係性の緊張度が高い人から低い人まで、それぞれの状況に合わせて使える」ことを目指した設計だ。

このセクションのポイント

・送信の制限は父母の双方に対して同じように設定できる——一定の距離感を保ったままやり取りできるように
・送信回数・タイミング・文字数を関係性に応じて設定。緊急メッセージではAIフィルターが攻撃的表現を検知
・連絡先・居住地域の秘匿、写真や動画の位置情報の自動削除など、離婚後特有のプライバシーリスクに対応

Miyagi Pitch Contest 2025——ファイナリスト進出から事業採択へ

GUGEN Softwareは「Miyagi Pitch Contest 2025」にファイナリストとして進出し、最終発表会に参加した。境氏はこの過程を「行政が抱える課題感や親子交流に対する考え方を、事前の打ち合わせを重ねる中で把握できた」と振り返る。行政がこの課題をどう捉え、どこに難しさを感じているのかを具体的に理解できたことが、その後の宮城県への事業提案につながった。

「共同親権という大きな制度変化があるのに、親子交流についてはまだ十分に議論が進んでいない」——コンテストを通じて掴んだこの行政側の課題感は、宮城県に限らず、他の自治体との対話にも活きているという。

このセクションのポイント

・Miyagi Pitch Contest 2025でファイナリストに進出
・事前の打ち合わせを通じて、行政が親子交流という課題をどう捉えているかを具体的に理解できたことが最大の収穫
・コンテストへの参加が、宮城県への事業提案と、他自治体との対話の土台になった

宮城県の視点——なぜGUGEN Softwareを選んだか

宮城県保健福祉部子ども・家庭支援課の担当者によると、採択の背景には令和8年4月1日施行の民法改正による共同親権制度の導入がある。法改正により、親子交流の機会増加が見込まれる一方、その連絡調整に大きな課題があると認識していた。「デジタル化の流れの中で何かできることはないか」と検討していたタイミングで、GUGEN Softwareの提案が合致したという。

同課では、ピッチコンテスト以前からGUGEN Softwareの事業説明を聞き「感情的な対立を避けるにはどうやり取りするのか」という技術的な仕組みに強い関心を持ったと明かす。「感情的な問題をクリアできるなら、これまでの課題を解決することにつながる」という評価が、事業化を検討する決め手の一つになった。

このセクションのポイント

・採択の背景は令和8年4月1日施行の民法改正(共同親権制度導入)による親子交流ニーズの増加見込み
・行政側が重視したのは「感情的対立をITでどう緩和するか」という技術的な仕組みの具体性
・ピッチコンテスト前の事業説明が、マッチングの場として機能していた

スモールスタートという行政DXの作法

同課が強調するのが「スモールスタート」の考え方だ。ニーズの規模が不透明な段階でも、最初から大きな枠組みを固定せず、小さく始めて仮説検証を繰り返すことで、ニーズに合わせた方向転換を行いやすくするこの柔軟性が、新しい技術を行政に導入する際の心理的障壁を下げたという。

初めは、宮城県母子・父子福祉センターに、ラエルのチラシを配架してもらうなどの周知の協力から、事業の採択に至るまで、スモールスタートで積み上げてきた結果が現在の形となったと境氏は振り返る。

このセクションのポイント

・行政の新規事業立ち上げは「スモールスタート+仮説検証」で心理的ハードルを下げられる

制度の中身——対象・金額・期間

宮城県親子交流連絡調整支援事業の対象は、県内の町村に住むひとり親で、同居する子ども(18歳以下)と別居親との親子交流を希望する世帯だ。父母間で親子交流の取り決めを行っており、かつ、父母双方が本事業の支援を受けることに合意していること、同居親が児童扶養手当を受給していることが要件となる。県は支援員が父母の間に入って連絡や日程の調整を行う「ラエルあんしんサポート」の利用料月額5,000円を負担し、対象期間は令和9年3月利用分までとなっており、期間終了後の効果検証を経て、次年度以降の継続が判断される。

予算規模としては、この設計であれば数十万円から立てられる。ニーズの規模が読みにくい段階でも、小さく始めて検証できる立て付けになっている。

なぜオンラインだったのか——広い県土と、地域の近さ

宮城県が民間のオンラインサービスを事業に組み込んだ背景には、対面の支援だけでは届かない範囲があるという事情がある。県土は広く、県内の町村に暮らす世帯すべてに支援員を派遣するのは現実的ではない。加えて地方では、相談したい相手が顔見知りであったり、地域のなかで事情が知られてしまうことを懸念して、相談そのものをためらうケースもある。

オンラインのサービスであれば、住んでいる場所に関わらず同じ支援を届けられ、地域の人間関係から離れたところで連絡や日程の調整を進められる。行政が民間のオンラインサービスを事業に組み込むことは、地域が抱える社会課題を現実的なコストで解決する手立てになり得る。なお、DVや虐待の有無など「交流させてよいかどうか」の判断は、GUGEN Softwareが担う領域ではない。同社が提供するのは、交流を希望する父母の連絡調整の支援だ。

このセクションのポイント

・県土が広く、対面の支援だけでは県内全域に支援を届けにくい
・地方では地域の人間関係が相談のハードルになる——オンラインはその外側で使える
・行政が民間のオンラインサービスを事業に組み込むことで、現実的なコストで地域課題に対応できる

今後の展開——横浜市・富山県・岩手県へ拡大中

GUGEN Softwareは宮城県に先行して、2024年12月に横浜市とひとり親応援協定を締結。2025年7月には富山県で補助事業が始まった。2026年度からは、宮城県と岩手県でも補助事業が始まっている。母子世帯で養育費を現在も受けている割合は28.1%(厚生労働省「令和3年度全国ひとり親世帯等調査」)にとどまるなど、離婚後の子育てを支える仕組みはまだ十分とはいえない。境氏は「補助事業を始めていただいても、利用がすぐに急増するわけではありません。それでも、行政が補助事業として親子交流を扱ってくださること自体が、相談員の方や当事者の方に親子交流の大切さへ目を向けていただくきっかけになると期待しています」と話す。

宮城県側も「令和8年度は周知を幅広く行っていく年」と位置づけ、宮城県母子・父子福祉センターや町村役場、家庭裁判所、保健福祉事務所などへの周知を進めている。1年間の利用期間終了後の効果検証を踏まえ、次年度以降の継続や拡大が判断される予定だ。

このセクションのポイント

・横浜市(2024年12月協定)・富山県(2025年7月補助開始)に加え、2026年度からは宮城県・岩手県でも補助事業を実施
・母子世帯の養育費受給率は28.1%——行政が補助事業として親子交流を扱うこと自体が、相談員や当事者に大切さが伝わるきっかけになると期待
・宮城県事業は令和8年度新規事業として1年間実施し、効果検証後に継続可否を判断

事業会社の新規事業担当者への示唆

GUGEN Softwareは自社プロダクトのラエルだけでなく、スタートアップ・新規事業向けのMVP開発やCTO・技術顧問支援も手がける会社だ。宮城県のスタートアップ支援担当者は、「スタートアップが自治体や企業とのマッチングに苦労するケースは多い。」と語る。今回のGUGEN Softwareと宮城県保健福祉部子ども・家庭支援課との協業は、スタートアップの協業相手の課題が明確であり、担当者の熱量が高いと、効果的なマッチングが見込め、この両者の噛み合わせがうまくいった好例であると振り返る。

今回のケースが示すのは、事業会社が新規事業でスタートアップと組む際も、いきなり大きな契約を結ぶのではなく、事前の対話を重ねてスモールスタートで検証を始める進め方が、双方にとって現実的な着地点になり得る。

このセクションのポイント

・GUGEN Softwareは自社プロダクト運営と並行して、他社の新規事業支援(MVP開発・CTO支援)も手がける
・スタートアップとのマッチングは「紹介の先」で止まりやすい——対話を重ねる担当者の熱意が突破口になる
・事業会社にとっても、事前対話を通じたスモールスタートは現実的な協業の入り口になる

interviewee

境 領太
GUGEN Software株式会社 代表取締役
クライアント企業向けのソフトウェア開発を手がけるなかで「親子交流」の現場に出会う。3年以上にわたりボランティアとして、子どもを預かり離れて暮らす親のもとへ届ける活動に従事。親同士の関係を理由に会えなくなってしまうのは、子ども、親、社会にとってもったいないという思いから、2022年8月に離婚後の子育てアプリ「ラエル」の提供を開始。支援員が父母の間に入る「ラエルあんしんサポート」、法務大臣認証ADR「ラエル調停」も提供。横浜市・富山県・宮城県・岩手県と連携し、親子交流を支える仕組みづくりに取り組む。

社名GUGEN Software株式会社(グゲンソフトウェア)所在地神奈川県横浜市西区創業・設立2018年6月代表者境 領太(代表取締役)事業概要離婚後子育てサポートアプリ「ラエル(raeru)」の開発・運営、スタートアップ・新規事業向けMVP開発およびCTO・技術顧問支援URLhttps://raeru.jp/

interviewee

伊藤 孝樹
宮城県 保健福祉部 子ども・家庭支援課 家庭生活支援班 主幹(班長)
宮城県保健福祉部 子ども・家庭支援課 主幹(班長) 伊藤 孝樹
平成21年に宮城県へ入庁。社会福祉課、地方振興事務所、財政課、富県宮城推進室を経て、令和6年4月から現職。現在は、ひとり親支援や子どもの貧困対策などの業務に取り組んでいる。

※「Miyagi Pitch Contest」 とは:
「Miyagi Pitch Contest」は、デジタル技術を活用して社会課題解決に資する新たなビジネスプランに挑む起業家たちを県内外から集め、宮城県から日本を牽引するDX関連スタートアップの創出を目指し開催するものだ。このコンテストでは、本審査まで先輩起業家や専門家によるメンタリングや、投資家や事業会社とのネットワーキングの機会を設けるなど、コンテストの開催のみならず、主にシード・アーリー期のスタートアップの支援も行ってきた。これまでに、ベンチャーキャピタルから累計5億円を超える資金を調達し、大手商社と海外展開に向けた協業を開始した企業や、仙台市内で新たに営業拠点を開設した企業などが輩出されており、登壇者にとって多くのビジネスチャンスが生まれた。

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