10年で積み重ねた36公演、価値ある凱旋のステージ
「愛知県芸術劇場制作10周年記念凱旋公演 ダンス&ラップ『ありか』」が愛知県芸術劇場小ホールで9月19日、20日に行われました。19日夜の公演を取材しました。
この作品は同劇場が2016年に企画・制作・初演した即興によるライブパフォーマンスです。これまでに国内各地をはじめ、パリ、香港などで上演。今回の3公演を含めて10年間で36回もの公演を行いました。地方の劇場の独自制作作品が、確たる評価を得ながら継続的に上演を重ねたことは、日本の舞台芸術史において稀有な例と言えるでしょう。今回はその凱旋公演です。
劇場のホワイエには10年前の初演時のポスター(左)が今回のポスターと並んで展示され、積み重ねた歳月の重みを感じさせました
出演する2人はダンス、ラップそれぞれの世界で、国内外で活躍するアーティストです。ダンスの島地保武さんはコンテンポラリーダンスをあり方を大きく変えたザ・フォーサイス・カンパニー(フランクフルト)に所属した経歴があります。カンパニー解散後も内外で多数の作品で制作や出演で関わり、振付家としても高く評価されています。ラップの環 ROYさんは言語と音と身体の関係を主題とする6枚のアルバムを発表。内外の音楽祭や舞台作品の出演、絵本制作、映像作品音楽の提供など、こちらも多彩な活動です。

空間設定の妙が生む迫力のライブ
パフォーマンスはボクシングやプロレスのリングを連想させる2つの四角いブロックを、細長い通路で結んだ変則的な舞台で行われます。↑ポスターの下の写真の形です。観客席はこの通路の両側に配置されていて、パフォーマンス中も反対側に座っているお客さんの表情がよく見えます。この舞台と客席の構成が効果的で、反対側の観客の反応を見ているだけでも楽しく、笑いや驚きの反応が増幅します。客席を含めた空間全体でライブが展開されていました。
2人はこのスペースを自由に動き回り、時には舞台下に隠れて着替えるなどの仕掛けもあります。一見、窮屈そうにも見える空間設計ですが、パフォーマンスが始まるとこの舞台がひとつの小宇宙のように大きく感じられました。ブロックを結ぶ狭い通路が、人間同士がすり抜けられそうでもあり、ぶつかりそうでもあり、という絶妙の幅。2人が移動してこのスペースですれ違うと、否応なく何らかのドラマが生まれることになります。
『ありか』2026年公演から
提供:愛知県芸術劇場(C)HATORI Naoshi
2人の至芸、そしてバトル
休憩なしで約70分間にわたる公演では、いくつかの定められた音楽が任意のタイミングで入るほかはすべて即興。しかし、即興とは思えない集中度の高いパフォーマンスで、70分があっという間です。一方がソロ的に動き、一方がそれを見守る、という時間もあれば、両者の言葉や身体活動が思いきり絡み合い、バトルを思わせる時間もあります。格闘技を思わせるくんずほぐれつのシーンまで。息のあったメンバーによるフリージャズのセッションを思わせました。
時折挿入される環 ROYさんのラップが舞台上の時間を分節するように機能し、取材した回は「ウエストポーチ」などいくつかの印象的な語句のモチーフが変奏されつつ繰り返し登場。原始からの言語の誕生と発展を連想させてワクワクさせます。基本的に語りがはっきりと聞こえるゆったりとしたテンポながら、グルーヴ豊かなそのリズムと語句の連想の飛躍には魔術的な没入感があります。
『ありか』2026年公演から 提供:愛知県芸術劇場(C)HATORI Naoshi
島地さんのダンスはもちろん見事のひとこと。しっとりとしたリズムに乗せてソロパート的に魅せるシーンでは、巧みな円環運動でこの小さな四角いエリアが大劇場の舞台になったようでした。飛び散る汗、筋肉の動きまでがすべてアートの輝き。世界の舞台で躍動するダンサーでこその存在感でした。
『ありか』2026年公演から 提供:愛知県芸術劇場(C)HATORI Naoshi
互いの得意分野へ乗り込む面白さ
それぞれが相手の得意分野に自由に乗り込んでいくのもこの舞台の醍醐味です。島地さんの巧みなマイクパフォーマンスやキーボード操作に驚かされ、環 ROYさんの、本職のダンサーを思わせる柔らかな身のこなしにも目を奪われます。互いに刺激し合い、潜在能力を引き出し合っているのでは、と思わせました。
『ありか』2026年公演から 提供:愛知県芸術劇場(C)HATORI Naoshi
胸躍る70分間が終わり、熱い拍手が送られました。観客は老若男女問わない幅広い層で、ティーンから高齢者まで大喜びでした。何度も通っている方もおり、感想を伺うと「そのたびそのたび、全く違う展開になってびっくりします。2人の高い技術とセンスがあるからこその舞台なんでしょうね」と話していました。
『ありか』2026年公演から 提供:愛知県芸術劇場(C)HATORI Naoshi
「可能な限り取り組み続ける」と2人
10年前にこの2人を結び付け、この唯一無二のパフォーマンスを実現させた同劇場の唐津絵理芸術監督は「コンテンポラリーの作品の多くが、せっかく生み出されても再演されない現状を何とかしたいと考えて取り組んできました。10年目を迎えることができて感無量です」と感激の面持ちでした。監督によれば2人とも「生涯、可能な限りはこの作品に取り組み続ける」と話しているそう。「次」の機会がありましたらぜひ鑑賞ください。言葉と身体の豊かな可能性を感じさせてくれる素晴らしい舞台です。(「美術展ナビ」編集長 岡部匡志)
