Samay Raina, the host of the India's Got Latent show on YouTube. Image via Wikimedia Commons by Ajaynaik0077. CC BY-SA 4.0.

ユーチューブの「India’s Got Latent (インディアズ・ゴット・れタント)」の司会者、サマイ・ライナ ウィキメディア・コモンズ Ajaynaik0077 CC BY-SA 4.0

2025年8月25日インド最高裁判所はコメディアンとインフルエンサーに関連した重要裁判の判決を下した。裁判所は被告でコメディアンのサマイ・ライナ、ヴィプル・ゴヤル、バルラージ・パラムジッ・シン・ガイ、ニシャント・ジャグディッシュ・タンワール、そしてソナリ・タッカーに対して、ユーチューブ動画内で行った発言について原告に公式に謝罪するよう命じた。動画内で、被告らは障害のある人たちを嘲笑していると批判されていた。

裁判所は3件の訴えを審理しており、うち2件のFIR (First Information Report – 警察が犯罪捜査を開始する最初の記録) については、統合審理を求める請願が、被告でユーチューバーのランヴィール・アッラーバディアとアシシュ・チャンチャラニより出されていた。FIRはパロディーのオーディション番組「India’s Got Latent(インディアズ・ゴット・れタント)」に関するもので、両者は番組での親とセックスに関するジョークで多大な非難を受けていた。3件目は救済の請願でSMA治療財団 (Cure SMA Foundation) よりコメディアンのサマイ・ライナ、ヴィプル・ゴヤル、バルラージ・パラムジッ・シン・ガイ、そしてソナリ・タッカーに対して出されていた。

(訳注:India’s Got Latent(インディアズ・ゴット・れタント)は、インドを含め世界各地で放映されているオーディション番組 Got Talent(インドではインディアズ・ゴット・タレント)をまねたパロディーの番組です。ゴット・タレントの方はスーザン・ボイルやアミラ・ウィルハーフンなど世界的な有名人を輩出しています)

何かおかしなこと

2025年8月25日にインド最高裁判所によって言い渡されたこの命令は、インドSMA治療財団よりの請願 (W.P.(C) No. 460/2025) に起因する。同財団は重度の身体障害を引き起こす希少な遺伝性疾患である脊髄性筋萎縮症 (SMA) の患者と医療関係者を支援する権利擁護団体だが、問題のコメディアンたちはユーチューブの番組「インディアズ・ゴット・れタント」の中で、SMA患者や他の障害者を嘲笑しているとして救済を訴えていた。

訴えの中でSMA治療に必要な費用は莫大で、特に乳児向けの遺伝子治療注射には1.6億ルピー (181万ドル) を必要とすることを強く説明した。番組ではコメディアンのサマイ・ライナは、遺伝子治療を必要とする生後2ヶ月のSMAの乳児を救うために実際に行われたチャリティキャンペーンについて「何かおかしなこと」が起こっていると語り、子どもの治療のための寄付で、母親は思いがけない経済的恩恵を得るだろうと揶揄った。

別の事例では、ライナが視覚障害者と話した際「あなたのどちらの目を見ればいいですか?」と尋ねる場面があった。この発言を聞いて、盲人の出場者が視線を交わすことができないのをからかっていると受け取る人もいた。

収益目的で制作されたコンテンツを規制

コメディの擁護派は、風刺は民主主義の重要な表現手段であると主張するが、他方で道徳や社会規範を侵して笑いを取ろうとするコメディアンを非難する人たちもいる。誰もが気軽に観られるユーチューブの登場で、インドではスタンドアップ・コメディ(1人話芸)やインフルエンサーに人気が集まるようになった結果、風刺についての議論が過熱することとなった。

この最新の判決をもって、裁判所は、収益目的で制作されたコンテンツ(オンラインの動画番組、音楽、記事など)について、制作者は今までよりも広範囲の責任を負うことを宣言した。

合議審で判事のスーリヤ・カントとジョイマリヤ・バグチは、デジタルコンテンツを規制する指針の策定を政府に求めた。また規制にあたっては、表現の自由を維持しながら、過小評価されてきた社会集団が尊厳を保つ舵取りが求められると述べている。さらにプラットフォーム(ユーチューブやティックトックなど、多くの人が利用するインターネットサービス)の商用化の拡大は言論の萎縮を生む恐れがあるが、社会が大きく変わっても発言責任は不変であり、特に収益目的での活動での発言には責任が伴うことを重ねて指摘した。

司法指令と憲法上の枠組み

2025年8月25日の最高裁の決定は、インドにおいて社会的に重要な意味を持つ。スタンドアップ・コメディアンやインフルエンサーは、オンライン上でユーモアと人を傷つけることの境界線をあやふやにしていると、しばしば非難されてきた。判決は、オンライン上では今までより更に明確な説明責任が求められることを明らかにした。

判決はインド憲法の枠組みについて直接言及した。つまり憲法第19条1のAは言論の自由を保障する一方で、第19条2項は公の秩序、道徳、品位の維持を目的とした「合理的な制限」を認めている。また第21条の生命と人身の自由の保護には「社会的弱者の尊厳に対する権利」も含まれると裁判所は解釈している。

風刺やユーモアは保護されるものの、人々の尊厳を侵害する商業的コンテンツは保護の対象ではなく、さらに規制の対象となり得るとの見解を裁判所は示した。多くの人がオンライン上での風刺を見聞きし、ユーチューブのような動画サイトにはますます挑発的な動画が登場する中、この判決はクリエイター(動画などのコンテンツ制作者)に対してより一層の慎重さを求める注意信号となっている。

インドではユーモアは度々世間の反発や法的精査の引き金となっており、2025年8月のこの判決も、インドでのコメディアンと言論の自由を巻き込む、論争の渦中から生まれたものと言える。

2021年にはコメディアンのムナワル・ファルキが宗教的感情を侮辱した疑いで逮捕され、興行中止に追い込まれた。同様にコメディアンのクナル・カムラは政治指導者に対する風刺的なコメントのために侮辱罪の裁判に直面した。この件を芸術的話術に対する司法の行き過ぎた介入とみなす人は多い。2015年にさかのぼると、コメディグループAIBがノックアウト・ロースト(有名人を招き、皮肉やジョークでいじり倒すコメディー番組)を巡ってFIRが作成され、わいせつ罪や道徳的不品行で告発されている。風刺とその社会的許容範囲の境界は常に緊迫した状態にあることが明らかになった。

ユーモアが何かの拍子ですぐに文化や法的な論争に発展してしまう、インドのように非常に多様な社会では、言論の自由を正しい方向に導くことは困難を伴う。それは、オンラインの特性から、多くの人の怒りが一度に集中して発生した今回のような事件でも明らかになった。今回の最高裁判決もこの考えに沿ったものだが、行きすぎた規制を戒め、理に適った表現の自由を保護する明確な規則の必要性を強調する一方で、焦点を「収益化されたコンテンツの説明責任」へと移している。

デジタルコンテンツに関連したインドの現行法

デジタルコンテンツを管理するインドの法的枠組みは未だにつぎはぎだらけだ。2000年情報技術法と2021年仲介者ガイドラインおよびデジタルメディア倫理規定では、プラットフォームサービスを提供する事業者の責任として通知を受けた違法コンテンツの削除を規定するだけだ。自主的な対応は可能ではあるが、虚偽の推奨やインフルエンサーが宣伝を行うことについては2019年消費者保護法の規制対象であり、インド広告基準評議会 (ASCI) が規定を設けている。

2021年情報技術規則の放送およびOTT (Over-The-Topの略でユーチューブやネットフリックスなど、多くの利用者に直接サービスを提供するオンライン事業者) の規制は主にプラットフォーマー (大規模なオンライン事業者) に制限を課すものであり、個々のコンテンツ制作者は対象にしていない。

継ぎ合わせの法制度の下では、ユーモアや評論、宣伝などの収益を目的としたコンテンツの規制には、大きな抜け穴が発生している。最高裁判所は政府に対し、急速に技術革新が進むデジタル時代に対応できていない、非効率で場当り的な規制の枠組みを見直し、抜け穴を埋めるように求めた。

判決への反応

判決への反応は分かれている。インドSMA治療財団は判決を歓迎し、聴聞会でコメディアンが無条件に謝罪したことを受けて、財団の弁護士を務めたアパラジタ・シンは「良識が勝った」と述べている。一方で視聴者やソーシャルメディアのフォロワーの中には、司法が過剰介入した厄介な判決だと非難する人も多い。また番組では、障害のある参加者は自らの意思で自虐的なユーモアに加わったわけで、このような法的干渉は芸術的表現を徐々に縮退させるもので、進歩させるものではないとも述べている。

報道や市民の反応も分かれたままだ。「ザ・ヒンドゥー」、「タイムズ・オブ・インディア」、「インディア・トゥデイ」と言った大手報道機関は今回の判決を支持し、オンラインでコンテンツの商業化が急速に進む中で、他人の気持ちを察する力を養うことの重要性を示した判決として高く評価している。一方「ジ・エコノミック・タイムズ」やX(旧ツイッター)の利用者には、インフルエンサーのブラック・コメディを非難する一方で、より露骨で扇動的なコンテンツが許容されている現状は社会的偽善だと批判する人も多い。

創作の自由に関する専門家は、萎縮がより広範に及ぶことを警告している。メディア弁護士で言論の自由の擁護者であるアパー・グプタは、ストーリーボード18の記事で、この判決は風刺や政治的論評を控える動きにつながるおそれがあること、オンライン上ではすでに訴訟が多発しており、クリエイターは司法審査を避けるために、問題になりそうな風刺や評論を自主的に控えるようになるかもしれないと危惧している。

インドでも風刺活動の舞台がオンラインに移った結果、創作に携わる者は内容について神経質にならざるを得なくなりつつあるが、これは誰もが健全なユーモアや風刺を楽しめる一方で有害なものは阻止しようとする国際的な取り組みと関連する動きだ。最高裁判所が強調するように、オンライン上の自由と社会的責任はお互い補い合うもので、対立する考えではない。必要なのは一貫性のある政策と倫理的枠組みだとの考えは理にかなっていると思われる。自由であっても危害を最小限にとどめながら、尊厳を確保することが、プラットフォーム、政府、創作に携わる者が共に民主主義を発展させる基盤となるはずだ。

(トライアル応募者の翻訳を見直して掲載します)

Share.