今や、熊本を代表する観光地となり、年間約140万人が訪れる熊本城ですが、江戸時代は、一般の人達はもちろん、細川藩の中でも城内部の詳細を知る人は限られていました。
【写真を見る】【今だからこそ!熊本城】簡単じゃない修理 江戸時代の城は軍事施設 古文書から紐解く被災の歴史 東京・永青文庫「熊本城 守り継がれた名城 400年の軌跡」展 <後編>
■重要な軍事施設
当時、城は重要な軍事施設で、城を修理することは簡単ではありませんでした。
■「ほとんど修理が必要」
学芸員の伊藤千尋さん「忠利は、入国後1年以上たってようやく念願だった熊本城の修理を、幕府に願い出ています。この史料はその願書の覚書部分。加藤時代からの塀や櫓、あとは前年の大地震で破損した石垣などを修理希望箇所として申請しています」
学芸員の伊藤千尋さん「第一条には『熊本城の塀や櫓はほとんど修理が必要』とある通り、加藤家から引き継いだお城というのはボロボロの状態だったということが分かります」
■幕府の許可は〝マスト〟
城の修理には、その都度、江戸幕府の許可が必要だったのです。
学芸員の伊藤千尋さん「江戸時代の熊本城というのは、地震や大雨のたびに被害が出ていたようなんです。修理と被災を繰り返したということが歴史資料から明らかになっています」
■自分だけの熊本城
永青文庫の入り口には、熊本城のポスターがあります。
これは熊本日日新聞社とRKK熊本放送が共同で企画した「わたしの熊本城」のポスターです。多くの人達が熊本地震の後に撮影した自分だけの熊本城の写真を寄せてくれました。
伊藤さん「熊本地震の年に永青文庫に就職したので、熊本と深いつながりがある永青文庫として強い衝撃を受けたことを鮮明に覚えています」
■すごさがわかる
来場者「昔から(地震などの)被害があって、修理を重ねてこれまでお城が守られてきたんだな」
来場者「(熊本城は)早く直ってほしい。(復旧工事の)途中でも見に行きたい。すごさがわかる。行ってみたいな」
永青文庫での展覧会は、2026年6月7日までです。
<前編>【今だからこそ!熊本城】江戸時代の藩主の「びっくり」「愚痴」「おびえ」 古文書から紐解く被災の歴史 東京・永青文庫「熊本城 守り継がれた名城 400年の軌跡」展
熊本放送
