中東の混迷は、世界経済に大きな悪影響を与えている。イラン、イスラエル、アメリカの3国を『国歌』から見てみる。
イランの国歌は「イラン・イスラム共和国国歌」。
現在の国歌は1990年に採用された。79年のイラン革命が反映されている。
当時のイランは王国で、アメリカを後ろ盾にしたパーレビ国王が近代化、西洋化政策を進めた。
イランはアメリカを介して、イスラエルとも友好関係にあった。
一方で貧富の差が拡大し、国民の多くが信仰するイスラム教が弾圧された。
反体制勢力の抵抗運動が激しくなり、国王は海外に逃亡した。
イスラム法学者のホメイニ師が亡命先から帰国。最高指導者となり、同年2月11日に政権を掌握した。
革命が成功し、イスラム教シーア派の教えを忠実に守るイラン・イスラム共和国が誕生した。
アメリカ、イスラエルとは一転、敵対関係となり、現在に至っている。
国歌には、イラン革命が成功したイラン暦の「バフマン月」(西暦の2月)という言葉が登場。
信仰心が輝き満ちた最高の時としてたたえる。
ホメイニ師の自由と独立のメッセージは、国民の命に刻まれている。
革命やその後の戦争(イラン・イラク戦争)で命を落とした殉教者の叫びは、国民の耳に響いている。「イラン・イスラム共和国は永遠に不滅だ」と。
これがイラン国歌の概要である。イラン国民の強い信仰心、団結心を感じる。
イスラエルの国歌は「希望」。ヘブライ語で「Hatikvah(ハティクヴァ)」である。
イスラエルの多くはユダヤ人で、その歴史は約4000年前にさかのぼる。
旧約聖書によると、神(ヤハウェ)からユダヤ人の祖アブラハムが「カナンの地に行きなさい」とお告げを受ける。
カナンとは、現在のイスラエルやパレスチナ自治区があるパレスチナ地方の古称。ユダヤ人にとっては「神が約束した土地」なのである。
その後、ユダヤ人国家は興亡を繰り返し、紀元70年にローマ帝国との戦争に完敗。聖地エルサレムは陥落して、ユダヤ人の約2000年の長きに渡る「ディアスポラ」(民族離散)が始まった。
「キリストを殺したのはユダヤ人」の汚名などで、各国各地で何世紀も宗教的な迫害や差別が続いた。
1897年、ユダヤ人のシオン(エルサレムにある聖なる丘)への帰還をテーマにした「第1回シオニズム会議」が開催された。
その動きを支持する賛歌として作られたのが、後の国歌「希望」だった。
しかし、第2次世界大戦中にナチス・ドイツによるホロコースト(組織的な大量虐殺・迫害)が起きるなど悲劇は続いた。
戦後の1947年に、パレスチナを先住のアラブ人国家と、ユダヤ人国家に分割するという国連決議が可決された。
アラブ諸国は猛反発し、その後、中東戦争に発展するが、48年5月にイスラエルは建国された。「希望」が国歌となった。
国歌には、ユダヤ人の国家再興への思いがストレートに表現されている。
心の奥底に秘めて、今もなおユダヤ人の魂が切望するのは、まなざしが見つめる東の地シオン。
2000年の希望は、いまだ失われてはいない。
我々の土地シオンとエルサレムで、自由の民として生きることである。
国歌「希望」には、いかなる困難があろうとも、いつか必ず「約束の地」に帰るという、強い意志と執念と民族のアイデンティティーが凝縮されている。
アメリカ国歌は「星条旗(The Star-Spangled Banner)」。
1812年に勃発した米英戦争の激戦が題材となっている。
海上貿易の摩擦と領土問題が主な原因で、戦いはアメリカ本土で行われた。
アメリカは劣勢を極めた。ボルティモア港のマクヘンリー要塞(ようさい)も包囲され、イギリス海軍が丸1日砲撃した。夜が明けると、それでもアメリカ国旗の星条旗は翻っていた。
この光景から国歌「星条旗」が生まれた。
歌詞には以下のような言葉が登場する。
「星条旗よ 長きにわたり翻らん 自由の地 勇者の故郷の上に!」
「愛する者を 戦争の荒廃から 絶えず守り続ける 国民であれ」
アメリカは自由の国であり、勇者であり、戦争から愛する者を守り続ける、と国歌で高らかに宣言している。
国歌から『三者三様』が分かればと思う。【笹森文彦】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「歌っていいな」)
