アスリートが最高のパフォーマンスを発揮するために選ぶ「鍼(はり)」という選択肢。その「スポーツ現場での信頼」を、いかにして私たちの「日常の健康」へと繋げていくのか――。

世界初のディスポーザブル(使い捨て)鍼を開発、日本の鍼灸界のパイオニアであるセイリン株式会社。同社を率いる稲葉巧社長(以下、稲葉)は、社長室に3Dプリンターを置き、自ら「ものづくり」の最前線に触れ続ける情熱の持ち主です。

「鍼を、もっと身近なウェルネスの選択肢にしたい」と語る稲葉社長。本インタビューでは、スポーツが持つ発信力をフックにした新たな普及戦略から、変化を恐れない組織づくり、それから鍼灸がもたらす「未病」へのアプローチまで、セイリンが描く健康の未来予想図を詳しく伺いました。

セイリン
「職人の道具」を「医療機器」へ|欧州から逆輸入された“使い捨て”のスタンダード

ーー鍼灸の文化が広がる中、セイリンは鍼のメーカーとしては世界でみてもトップクラスのシェアを誇ります。その要因はどのようななところにあるのでしょうか?

稲葉)セイリンは1978年に創業し、いまも主力となる『ディスポーザブル鍼灸鍼』の開発をスタートしました。
もともとは、日本の鍼灸院の先生は、自身の使用する鍼を“職人の道具”として捉えており、こだわりの鍼を手入れしながら何度も使うやり方をしていました。それゆえに、使い捨てが特徴の『ディスポーザブル鍼灸鍼』はなかなか受け入れられなかったのですが、欧州では医師が鍼治療を行う文化が確立されており、鍼には医療機器と同等の品質基準が求められていました。とくにドイツでは、こうした背景のもとセイリンの製品が爆発的に普及していきました。

1981年のセイリンドイツ社設立、1990年のセイリンアメリカ社設立などを経て、海外でディスポーザブル鍼灸鍼を広めていく中で、日本でもその必要性が少しずつ広がっていきました。

ーーそうした文化の広がりも、セイリン社で長く勤める稲葉社長は感じてこられたのではないですか?

稲葉)私はセイリンが設立して10年ほどのときに入社しました。従業員数もまだ40名ほどで、ディスポーザブル鍼の普及もまだまだのタイミングでした。
生産部門に長く勤める中で、生産量が増えたり工場が広がったりと、会社が少しずつ成長していくのを感じてきました。

セイリン
超高齢社会の処方箋。薬に頼りすぎない「鍼灸」という第3の選択肢

ーー稲葉社長は2016年に社長にご就任されました。

稲葉)もともとこうした立場に立ちたいというより、サポートしていきたいという想いを持って働いていました。ただ、鍼灸を広めていきたい、その市場を伸ばしていきたい、創業者の気持ちを繋いでいきたいという気持ちはあったので、その役目を果たせるならと思い引き受けました。

ーー今の鍼灸業界の現状をどのように捉えていますか?

稲葉)超高齢化社会と言われる世の中で、やはり“薬”で病気や体の不調を治していくことが主流になっています。薬ももちろん大事なのですが、毎食何錠もの薬を飲む方も多くいらっしゃる中で、鍼治療がそこに代用されるようにもなればと思っています。高齢者だけでなく、“健康につなげる治療”として鍼治療はまだまだ広まりきっていないと感じます。

ーー鍼治療が広まりきっていないと感じられる要因はどのようなことが考えられますか?

稲葉)「鍼治療を受けよう!」と思う一般の方がまだまだ少ないのではないかと思っています。鍼の効果があまり知られていないのではないかと。鍼灸院自体は、どの街にも多く存在していますが、「体の調子が悪いからちょっと行ってみよう」とまで思ってくれる人は少ないですよね。
現在、「未病」の考え方も広まってきています。自分の体を健康に保とうと思うときに、“鍼灸”が多くの人の選択肢になるようにしたいですね。

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鍼灸治療用の鍼のトップメーカーであ…

アスリートの信頼を一般の安心へ。スポーツを「鍼灸の入り口」に変える挑戦

ーースポーツ選手は、多くの方が鍼治療をコンディショニングやリハビリの過程で使用するなど、鍼に対してのハードルがすごく低いような気がします。

稲葉)スポーツ選手は多くの方に使っていただいています。そうした情報を一般の方にも落とし込んでいくことは、もっと私たちが努力していかなければならないところでもあると思います。

「スポーツ選手と同じように鍼治療を受けよう!」というのはなかなかハードルが高い中、手軽にお悩みを解決できるような位置付けの商品も多く出していけるといいですよね。鍼灸が健康維持やコンディショニングに役立つという印象をつけ、“鍼”まではいかないけれどもその入り口となるような商品は広めていきたいです。

セイリン手軽にできるセルフケア商品『こりスポッと』

ーーこうした商品開発にもセイリンさんは力を入れていますよね。

稲葉)そうですね。開発の段階でもスポーツ選手との繋がりを活かしていきたいですし、とくにその活用方法を“伝えていく”ところもスポーツ選手と協力していきたいですね。
私自身も、商品の開発がとても好きでして(笑)。社長室に3Dプリンターを置いて、いろいろと新しいアイデアを試行錯誤しています。

ーー稲葉社長ご自身も開発されているのですね!

稲葉)セイリンが運営するオンラインストア『オリエンタルマート』でも、自社開発商品だけでなく人々の“癒し”につながる商品を販売するなど、一般の方々にこの市場のことを知っていただくための入り口をどんどん広げていこうと思っています。

スポーツの力やアスリートの力もその大きな1つですよね。

田口友麻さんセイリンがサポートするモーグル・田口友麻選手
社長室の3Dプリンターから生まれる革新。世界が認める“SEIRIN”品質のその先へ

ーーセイリンさんの歴史の中でも、海外での広がりが大きなファクターとなっています。現在の海外への広がりはいかがですか?

稲葉)実は、弊社の製品は世界の30カ国近くに流通しています。売上としても4割近くを占める非常に重要なものになっています。
一方で、高齢化が進む国内においては、さらなる普及・販売のため、注力していきたいと考えています。国内市場を伸ばし高齢化への課題解決の一助になることで、将来的な海外の国々の課題解決にも繋がりますし、今が非常に大事なタイミングだと考えています。

ーーこれからの鍼灸市場への期待についても教えてください。

稲葉)“鍼の必要性”をもっと高い位置に持っていく必要があります。鍼灸師の資格を持つ鍼灸院の先生方や、大学の先生などともしっかりと連携しながら、一般の方々の治療や健康維持に、いかに鍼を取り入れていただけるかを考え、その実現に向けた仕組みづくりを進めていく必要があります。

人々が手軽に鍼治療を受ける、さらには体が悪くなる前に鍼の知見を用いたセルフメンテナンスをするようになる、そんな未来にしていきたいです。皆さんが“鍼で元気になる”世の中にするために、これからも頑張ります。

ーーありがとうございました!