
2021年8月18日、東京スカイツリーの展望台から見える景色。REUTERS/Marko Djurica
[東京 7日] – 中東情勢が泥沼化していることにより、日本が輸入する原油の円建て価格の3月の平均値は2022年6月につけた過去最高値より26%も高い水準となった。原油から精製され様々な生活用品を作るのに使われるナフサの円建て価格も同様に22年3月につけた過去最高値より3割近く高い水準となっている。日本が100%輸入に頼っているアルミニウムの円建て価格も22年3月につけたピークより24%も高い水準にある。要するに歴史的な円安水準の下、エネルギー・コモディティー価格がドル建てで急騰していることによって、円建ての価格が過去に例をみない水準にまで上昇しているのだ。生活必需品を輸入に頼っている国が、自国通貨が弱くなることを喜んできた結果がこれだ。今後の物価上昇圧力はかなり強くなる可能性がある。
日本の消費者物価指数の前年比は22年から急上昇した。当時、他の主要国もインフレ率が上昇していたため中央銀行は積極的に利上げを行った一方、日銀は利上げを行わなかった。その結果、日本の実質金利は大きくマイナスに落ち込み、他国との名目金利差は拡がり、大幅に円安となった。そして、今回また22年と同じような状況、いや、エネルギー・コモディティー価格については当時以上の価格急騰に直面している。日銀が利上げにちゅうちょするようであれば、さらに大幅な円安が進行することになるだろう。
先物市場では今でも日銀が年内残り6回の金融政策決定会合で2回程度しか利上げを行うことを織り込んでいない。しかし、2回しか利上げしなければ政策金利は1.25%止まりだ。インフレ率は3─4%を軽く超えてくる可能性があるため、その程度の政策金利では実質金利は今よりもマイナス幅を拡大してしまう。そうなれば、当然円安がさらに進行し、インフレ圧力はさらに強まることとなる。
日銀は「責任ある積極利上げ」を行う必要がある。しかし、日本では「利上げ」というと、「景気にマイナス」という議論になる。「インフレ率の上昇より景気に配慮して利上げをすべきではない」という論調もよく耳にする。しかし、それは実質金利がマイナスの状態でも本当なのだろうか。
まず、それがたとえコストプッシュ型のインフレだとしても、名目金利をインフレ率並みに上げずに実質金利を大幅なマイナスに放置しておけば、円の価値は下落し、生活必需品を輸入に頼る日本のインフレ率はさらに上昇することになる。いつまでも利上げをちゅうちょしていれば悪循環が始まる。
また、日本の国内総生産(GDP)の半分以上は家計消費支出だ。家計にとってインフレ率以上に金利が付かなければ消費を抑えることになる。一方、金利が上がれば、預金金利が増えることによって消費を増やすことになる。「住宅ローンを抱える人にとって金利上昇はマイナス」となるのは確かだろう。しかし、家計が保有する預金額は住宅ローン残高の4倍以上ある。全体でみれば、金利上昇は預金金利が上がることによって家計にプラスとなる。全ての人にとってプラスになる政策などない。金利を上げなければ住宅ローンを抱える人にとっては助かるだろうが、ローンを抱えない多くの預金者にとっては実質的に預金が目減りしていることにより既にマイナスとなっているのだ。
「ローンを抱えない多くの預金者」の多くは高齢者だろう。従って、実質マイナス金利は高齢者から政府への所得移転となっている。政府がそれを再配分してくれれば、高齢者から若年層への所得移転になるという考え方もあるかもしれない。しかし、高齢者の預金は実質目減りさせなければ、いずれ現役世代が遺産として受け継ぐことになるため、わざわざ政府に移転させる必要はない。親が子供や孫のためと思って貯めてきた預金は実質的に政府に吸い上げられている。大幅にマイナスとなっている実質金利は実質的に相続税の増税になっている。
「利上げは政府の利払い費を増やし、財政を圧迫し、将来の増税懸念を引き起こし、消費にマイナス」との意見もあろう。しかし、実質金利がマイナスの状態は既に現時点での見えない増税となっているということに気が付く必要がある。
「金利上昇は企業収益を圧迫し、そこで働く個人にもマイナスになる」との懸念も強い。しかし、日本は民間企業も資金余剰主体だ。日本の企業の預金残高の対GDP比は先進国の中で突出して高い。こうした中で、インフレ率と同程度の金利負担に耐えられないのであれば、それはもはや事業モデル自体の存続性の問題だろう。問題の本質は金利水準ではなく、低金利による救済が企業の淘汰や新陳代謝を阻害し、日本経済の稼ぐ力を削いできたことにある。
金利上昇は借りている側からみれば経済活動を抑制するが、貸している側からみればプラスになる。現在の日本において、家計はもちろん、民間企業もまたフローベースでは資金余剰主体となっている。民間の経済活動を活発にするためには、少なくともインフレ率並みに金利を上げて、経済のバランスを取る「責任ある積極利上げ」が必要なのではないだろうか。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
*このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。
私たちの行動規範:トムソン・ロイター「信頼の原則」, opens new tab

