「カワイイ」文化を牽引してきた株式会社サンリオの歩みと、企業理念をコンパクトにまとめた記念館が、創業者・辻󠄀信太郎さんの出身地である山梨県に誕生しました。2025年のNHKの連続テレビ小説「あんぱん」にも、辻󠄀さんをモデルとした人物が登場して話題になったばかり。4月3日のオープニングセレモニーには、御年98歳の辻󠄀さんがお元気な姿を見せていました。中央自動車道のスマートインターチェンジから近く、ドライブスポットとしてもぴったりです。

「山梨いちごの王さまミュージアム サンリオ創業者 辻󠄀信太郎記念館」

アクセス:JR中央本線竜王駅から徒歩約15分、車で約5分、甲府駅から車で約20分(山梨県甲斐市竜王新町1860-4)
中央自動車道 双葉スマートICから車で約5分

休館日:毎週火曜日 ※火曜日が祝日の場合は営業。季節によって変更あり

営業時間:10:00~17:00(入場は16:00まで)季節によって変更あり

入場方法:事前予約制 公式ホームページから

観覧料:一般チケット
一般 1,800円/高校生・大学生・シニア65歳以上 1,500円/4歳以上・小学生・中学生・障害者手帳保持者及び付添者1名まで 1,000円/3歳以下無料
オリジナルグッズ付きチケットは公式ホームページ参照

詳しくはミュージアム公式ホームページへ。

サンリオと山梨県

サンリオ名誉会長の辻󠄀信太郎さんは1927年、甲府市に500年続く裕福な旧家に誕生しました。実家は旅館や料亭をいくつも営んでいたそうです。18歳で甲府が焼け野原になる大空襲を経験し、戦争の悲惨さを心に刻みました。戦後、山梨県庁に勤めますが、東京事務所に配属されて県産品を販売する外郭団体「山梨シルクセンター」に関わったことで商才が開花。60年にシルクセンターを独立させて株式会社にしました。ときに33歳。これがサンリオの前身で、73年に株式会社サンリオが誕生。ヒット商品を世に送り続けて現在に至ります。

小高い丘の上にあるミュージアムの入り口
辻󠄀さんのあいさつ「みんななかよく」

JR甲府駅の隣の竜王駅で降りて旧甲州街道の坂道を上ると、ひと汗かいた頃にミュージアムに着きました。途中で、富士山も南アルプスも八ヶ岳も望める素晴らしいロケーションです。
セレモニーでは辻󠄀信太郎さんが車いすで登壇。「甲府の空襲は大変なことでした。そこで感じたのが、人は一人では生きていけないんだ、みんな仲良くしていこうということです。1960年に作ったサンリオの歴史に興味のある人が訪れてくれるといいなと思います」と語りました。山梨県の長崎幸太郎知事も列席して、「私も小さいときにキティちゃんのノベルティグッズを売っている店に行くのが楽しみでした。ここでオブジェを見て子供の頃の気持ちを思い出しました。県外からお客さんを呼び込んでください」と祝辞を述べました。

キャラクターと一緒にテープカットをする辻󠄀信太郎さん(いちごの王さまの右)

サービス精神旺盛な辻󠄀さんは、「私も98歳。うまくしゃべれないのでハーモニカを吹けと言われまして」と、譜面台に向かうと、「この道」「ふるさと」を見事なアンサンブルで披露。大喝采を浴びました。退場する辻󠄀さんの車いすには、キティちゃんやマイメロちゃんがあしらわれていました。

ハーモニカ演奏を披露する辻󠄀信太郎さん(左)
セレモニーを終えて退場する辻󠄀信太郎さん
シンボリックな展示の数々

ミュージアムには「サンリオ歴史館」と「辻󠄀信太郎記念館」という二つのログハウスがあります。目を引くのはサンリオの歴史を飾ってきた象徴的な展示。サンリオ初の直営店「新宿ギフトゲート」に展示されていたハローキティやピアノ、日本国内のライセンスを得て事業を成長させたスヌーピー、現在展開中の「サンリオ展 ニッポンのカワイイ文化60年史」のシンボルアート作品など、同社を象徴する展示品が随所に配置されていました。

新宿ギフトゲートで長年展示されていたハローキティ
新宿ギフトゲートでの演奏に使われていたピアノ
スヌーピーの作者チャールズ・M・シュルツから辻󠄀信太郎さんに贈られたぬいぐるみ
増田セバスチャン《Unforgettable Tower》
サンリオメモリーズは必見

サンリオの創成期から現在に至るまでの歴史を展示している「サンリオメモリーズ」は必見です。初のオリジナル商品としてビーチサンダルにゴム製の花を付けて大ヒットさせたのが画期でした。「かわいい」という価値観を採り入れる商品の魅力に気が付き、試行錯誤の末に「いちごシリーズ」に行き着いたのです。続いて、水森亜土さんややなせたかしさんら、気鋭のイラストレーターや漫画家を起用して、贈り物に使ってもらえる商品を基軸に据えるようになりました。パネルにはすべて英訳が付いているので、海外からの来場者も楽しめます。

サンリオの創成期、山梨シルクセンター時代のビーチサンダルやいちごシリーズの展示風景
水森亜土さんの作品をあしらったグッズ

以後の同社は、マーケティングのお手本のような成長を遂げていきます。海外の人気キャラクターの国内ライセンスを取ったのがスヌーピーの「PEANUTS」でした。自社商品を売り場に単体で置かせてもらうのでなく、売り場全体で魅力を伝えるための「サンリオ・ギャラリー」(70年)や直営店の「新宿ギフトゲート」(71年)を作りました。オリジナルキャラクターの重要性に気付いて誕生したのが、ハローキティ(74年)。自前のメディアとして「いちご新聞」(75年~)を発行し、ファンと双方向の関係でニーズをくみ取るようにしました。「キタキツネ物語」(78年)のような映画製作にも進出し、家電製品へのライセンス、アミューズメントパークの開業、他社とのコラボレーションと、サンリオの歩んできた道が余さず展示されています。来場者は「わ、これうちにある」などと、つぶやきながらスマホを向けていました。一部を動画でご覧ください。

「いちご新聞」の展示スペース
辻󠄀信太郎記念館の濃密な展示

別棟の辻󠄀信太郎記念館では、最初に「いちごの王さまのお部屋」を見ましょう。辻󠄀さんの執務室を再現した展示です。実際のデスクや椅子、ゆかりの品が並んでいます。書棚にも興味を引かれました。野草や園芸の本や、山梨関連の書籍など辻󠄀さんの興味の方向が知れて面白く感じました。卓上にはつい最近、辻󠄀さんが書いたというメモが。達筆そのもので全く震えも見えませんでした。

いちごの王さまのお部屋

辻󠄀さんの個人史を壁面に展示しているのが「みんななかよくサロン」です。波乱万丈の半生ですが、押しつけがましくない展示に好感を持ちました。辻󠄀さんのインタビューで構成したムービーを見られる「いちごシアター」もおすすめです。甲府で大空襲に遭って、「みんななかよく」をどう実現するかを考えて、幼い頃、幼稚園でプレゼントをもらった喜びをヒントに、「小さくてかわいいギフトを贈り合える世の中」を目指してきたことが、本人の言葉で語られています。

みんななかよくサロン

サロンの窓からは、快晴の空にそびえる富士山がよく見えました。桜もちょうど盛り。山梨シルクセンターを起点に、60年間に450以上のキャラクターを生み出して、世界に笑顔を届けてきたサンリオ。その記念館の誕生にふさわしい青空の風景でした。(読売新聞美術展ナビ編集班・丸山謙一)

みんななかよくサロンの窓から見える風景

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