いつからか、ランウェイショーのインビテーションは趣向を凝らした封筒ではなく、メールに添付されたQRコードへと置き換わり、会場選定からも明確なメッセージが感じられないケースがある。モデルのキャスティングにも、かつてのような意図や個性が見えづらい。ショーは、服を見せるための“フォーマット”として機能しているようにも見える。
そんな状況の中で、ジャーナリストからしばしば聞かれる「ショーをやる意味はあるのか?」という問い。その真意は、単なる形式化への違和感にあるのだろう。
一方で、クリエイティブが活発なパリでは、ファッションは単なる衣服にとどまらず、何かしらのメッセージを内包するものとして提示されることが多い。例えば、〈COMME des GARÇONS HOMME PLUS(コム デ ギャルソン・オム プリュス)〉を率いる川久保玲は、ミリタリーウェアを解体したり花を添えることで、反戦のニュアンスすら感じさせる表現を行ったこともある。これは、その最もわかりやすい例のひとつだろう。服は時に、社会や時代に対する応答となり得る。
もちろんその一方で、純粋に仕立ての美しさや構造の完成度に圧倒される瞬間もある。アルベール・エルバス(Alber Elbaz)時代の〈Lanvin(ランバン)〉や〈Dolce & Gabbana(ドルチェ&ガッバーナ)〉、〈Hermès(エルメス)〉、〈Dior(ディオール)〉といったメゾンの縫製に心を動かされるように、メッセージではなく“服そのもの”が強く訴えかけてくるケースも確かに存在する。
そうした、表現としてのファッションと、純粋なプロダクトとしての服。その狭間で、僕はショーを見続けている。
では、東京はどうか。
日本は比較的均質で平和な社会であり、パリやロンドンのように歴史的な対立や文化的摩擦の中でファッションが鍛えられてきた都市とは異なる文脈を持つ。しかしその一方で、日常的な審美眼やスタイリングの精度は極めて高く、ファッションに対する“平均値”は世界でもトップクラスと言っていい。さらに現在のパリのランウェイを見れば、日本のブランドが確かな存在感を放っているのも事実だ。またストリートのシーンでも裏原宿カルチャーがグローバルに影響を与え続けてきたように、東京は独自のかたちでも世界に作用してきた。そして、日本の工場が支える加工&縫製技術の高さも、その土台として見逃せない。
そう考えれば、ここ東京から生まれるファッションが面白くないはずはない。
そんな中、3月16日(月)から21日(土)、「Rakuten Fashion Week TOKYO 2026 A/W(楽天 ファッション・ウィーク東京 2026 A/W)」が開催された。ここでは、『Hypebeast』で注目したいブランドを中心に、Dayごとに振り返ってみたいと思う。
Day 1:Focus on ANCELLM — 空間と余白
初日で注目したのは、この日のトリを飾った〈ANCELLM(アンセルム)〉だ。都内から電車で約1時間。往復2時間をかけて向かったのは、横浜の『BankPark YOKOHAMA』。横浜市認定の歴史的建造物でもあるこの場所は、荘厳な空気を色濃く残しながらも、どこか現代的な余白を感じさせる空間だった。
ショーの詳細は別記事でも触れているが、まず印象的だったのは“場所の選び方”だ。クラシックやアーカイブを尊重しながらも、それを単に再現するのではなく、現代の文脈へと引き寄せていく。その方向性は、会場に足を踏み入れた瞬間から直感的に伝わってきた。そうした判断を感覚的に行えている時点で、ブランドの根底にある強度がうかがえる。
服作りにおいても同様だ。ランウェイでは、幾重にも重なり合うカラーグラデーションや、糸や生地が生み出す奥行きのあるテクスチャーが印象に残った。これらは、岡山・児島の生産背景と職人との密な連携によって成立している。着用を重ねることで変化していくことを前提に設計された素材は、完成された状態ではなく、“未完成の美しさ”を宿している。と同時に、どこか“古着よりも古着”とでも言いたくなるようなリアリティを帯びていた。
そして、派手な演出や強いメッセージに頼ることなく、空間と服の両方で静かに語る。そのバランスこそが、〈ANCELLM〉のショーにおける説得力であり、日本的な“侘び寂び”の感覚をも想起させた。これぞ、東京的なブランドの奥ゆかさか。
Day 2:Focus on kiminori morishita — プロダクトの強度
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2日目は、〈kiminori morishita(キミノリ モリシタ)〉にフォーカスしたい。2025年に再始動を果たした同ブランドは、森下公則が手がけるもうひとつの軸であり、〈08sircus(08サーカス)〉よりもさらに実験性とクラフトの純度を高めたラインでもある。いわば、プレタポルテの枠組みの中で、よりオートクチュールに近いアプローチを試みる場所だ。
今回の発表はショー形式ではなく、インスタレーションという形が選ばれていた。そこには、単に服を“見せる”のではなく、近くで、触れられる距離でその構造や素材の奥行きを伝えたいという意図があったように思う。
実際、並べられたピースの数々は、いずれも強い存在感を放っていた。製品染めや二次加工、三次加工といった工程を重ね、職人とともに作り上げられる服は、単なるデザインを超えて“物質としての密度”を感じさせる。ニットを布帛のように扱う試みや、レザーやウールに染色表現を施すアプローチなど、そのどれもが長年の実験の蓄積の上に成り立っている。
また、過去のアーカイブと現在のピースを同じ空間に配置することで、20年以上にわたるクリエイションの連続性も可視化されていた。今回のコレクション自体に明確なテーマは設定されていないものの、「2005年の延長線上にある」という言葉通り、その流れは確かに途切れていない。
この展示を見ながら、ファッションにおける“プロダクトの強さ”について改めて考えさせられた。ショーではなく展示という形式だったからこそ、立ち止まり、服と向き合う時間があったように思う。時間をかけて積み上げられてきた技術と思想が、そのまま服に宿っている。パリで活躍する日本のスターブランドや、グローバルで人気を博すストリートブランドとは別の文脈で、こうした服作りを続けてきたデザイナーが確かに存在しているのも東京の奥深さだ。
Day 3:Focus on ZUCCa — 日常というリアリティ
3日目に注目したのは、〈ZUCCa(ズッカ)〉である。1988年に小野塚秋良によって設立され、長年にわたり“日常着”という軸を貫いてきた同ブランドは、2026年春夏より馬場賢吾がデザイナーに就任。新体制となってから2シーズン目となる今回は、その方向性がより明確に提示されていたように思う。
コレクションのテーマは「AMERICAN ORDINARY」。1970年代のアメリカ写真に見られる、ありふれた風景を新しい視点で捉える感覚をベースに、特別なものではない日常の中にあるリアリティをすくい上げていく。ランウェイは、どこか静かで、過剰な演出とは無縁の空気に包まれていた。序盤はミニマルなスタイリングから始まり、徐々にレイヤーを重ねていくことで、晩夏から冬にかけての現実的な着こなしの変化を描いていく。ショーでありながら、あくまで“生活の延長線上”にある服として提示されていたのが印象的だった。
中でも象徴的だったのが、新たにスタートしたライン〈ZUCCa Métier(ズッカ メチエ)〉だ。日本の産地と協業して開発された新素材は、軽さや伸縮性、イージーケアといった機能性を備えながらも、確かな上質さを持つ。ビジネスとプライベートの境界が曖昧になりつつある現代において、そのどちらにも自然に馴染む服を提案するという姿勢が、ウェアとしてしっかりと成立していた。
このコレクションを見ながら、ファッションにおける“日常”というものをあらためて考えていた。派手な主張やコンセプトを前面に押し出さなくとも、毎日着続けられること自体がひとつの強さになる。特別ではないものを、特別に見せるのではなく、そのままのリアリティとして提示する。その静かなバランスこそが、〈ZUCCa〉の魅力であり、東京という都市の持つ感覚にもどこか通じているように思えた。
Day 4:Focus on FDMTL — 手仕事とAIのあいだ
4日目の20:30からは、〈FDMTL(ファンダメンタル)〉のコレクションが行われた。今回のショーで強く印象に残ったのは、服そのものだけでなく、そこに通された明確な思想だった。デザイナーの津吉学は、今回の発表に寄せたコメントの中で、「AI はかつて人間の領域だと信じられていた創造の世界にも入り込み、動画やイメージが次々と生成され、流れ、そして消えていく」と記している。その上で、「そんな今だからこそ、己が何者であるかを拠り所に創作をすることの意味を、より強く意識している」と続けた。
この言葉通り、今季の〈FDMTL〉には、AI時代に対する静かなカウンターのようなものがあった。手作業による加工や染め、積み重ねられた工程によって立ち上がるデニムの表情は、単なるクラフトの美しさにとどまらない。人の手を介するからこそ宿る痕跡や揺らぎ、その不可逆性までも含めて提示していたように思う。
演出もまた、そのコンセプトを補強していた。ショーミュージックを担当したのは、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』の劇中歌を手がけた川井憲次氏。そして会場には、西田和枝社中による生の歌声が響き渡った。さらに、歌い手たちは今回のためだけに制作された着物を身にまとっていたという。既製の演出ではなく、その場でしか立ち上がらない音と空気が、コレクションに確かな身体性を与えていた。
そうした演出を含め、〈FDMTL〉のショーから感じたのは、個人的な感傷ではなく、もっと大きな社会全体のテーマに対する応答だった。AIが加速度的に浸透していく時代に、人の手で作ること、人が奏でること、人が着ることの意味を改めて問い直していたのだと思う。
そしてもうひとつ、ほぼデニムだけでここまでブランドを成立させている点も見逃せない。ひとつの素材をここまで掘り下げ、表現として成立させる力は、日本のブランドならではの強みでもあるだろう。
Day 5:Focus on MATSUFUJI — 若手の完成度
5日目は、「TOKYO FASHION AWARD 2026」を受賞し、国内外での展開も期待される存在〈MATSUFUJI(マツフジ)〉がショーを行った。2020年にスタートした同ブランドは、「個人の特有性を認識できる衣服」をコンセプトに掲げ、日常に潜む所作や身体性に目を向けた服作りを続けている。
今シーズンのテーマは「DIGNITY」。フィンランドの映画監督 アキ・カウリスマキ(Aki Kaurismäki)の作品に見られるような、労働者の静かな尊厳を背景に据えながら、服としてはあくまで過度な演出に寄らず、淡々と提示されていたのが印象的だった。
シルエットや構造はクラシックを踏襲しながらも、素材やバランスによって現代的に再編集されている。ワークウェアに通じる無骨なウールに、シルクやカシミアといった繊細な素材を掛け合わせることで、粗野さと優美さが同居する。そうしたコントラストが、着る人の動きや癖と呼応し、個人の輪郭を浮かび上がらせていく。
このコレクションを見ながら、“完成度”という言葉について考えていた。若手ブランドでありながら、その服にはすでに揺るぎない設計と思想が通っている。奇抜さや分かりやすい新しさに頼らず、構造と素材、そして着る人との関係性によって成立する強さ。それはむしろ、時間をかけて積み上げられてきたブランドのような安定感すら感じさせるものだった。
こうしたブランドが、そう遠くない未来に海外での発表へと羽ばたいていく。その兆しに触れられることもまた、東京ファッションウィークの魅力のひとつだ。
Day 6:Focus on ALAINPAUL — パリとの接続点
最終日に注目したのは、〈ALAINPAUL(アランポール)〉だ。パリを拠点に活動する同ブランドは、すでに国際的な文脈の中で評価を得ている存在だが、そのコレクションを東京で体験できること自体が、いまの東京ファッションウィークのひとつの特徴でもあるように思う。
今回のショーは、いわゆる“東京発”のブランドとは異なる空気をまとっていた。構造的でありながらどこか軽やかで、身体との関係性を意識したシルエットや動きが際立つ。過度に説明的ではないが、確かな完成度とバランスによって成立する服。その佇まいには、パリで培われた文脈が自然と滲み出ていた。
一方で、それを東京という場で見ることで、また違った見え方が生まれるのも面白い。ここ数日間で見てきたように、東京には空間、プロダクト、日常、クラフトといった、それぞれ異なる強度を持つブランドが存在している。そうした多層的な文脈の中に、〈ALAINPAUL〉のような外部の視点が差し込まれることで、東京という場所の輪郭がより立体的に浮かび上がってくる。
東京が“何かを発信する場所”であると同時に、“何かと接続する場所”でもあるのだと改めて感じられるコレクション──パリや他都市で発表されたものが東京に持ち込まれ、そこで再び解釈される。そして、ここで見たものがまた別の場所へと繋がっていく。その循環の中に、いまの東京ファッションウィークの役割もあるのかもしれない。
さて、ここまでは『Hypebeast』的な視点で、Dayごとに注目したブランドを振り返ってきたが、「Rakuten Fashion Week TOKYO 2026 A/W」には、それ以外にも見逃せないトピックがいくつも存在していた。ここからは、その一部をピックアップして紹介していきたい。
Street Style:楽天ファッション・ウィーク・東京2026年秋冬
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『Hypebeast』では、会場周辺でストリートスナップも実施した。ランウェイとは異なり、そこにあったのはよりリアルなスタイルの集積だ。ブランドのルックをそのままなぞるのではなく、東京らしく、それぞれの感覚でミックス&編集され、日常の中に落とし込まれていたのが特徴。街角のファッションも参考になるのが、東京の魅力である。
by R:agnès b.が示した“日常の強度”
by R(バイアール)は、楽天が⽇本のファッションシーンを盛り上げ、その魅⼒を世界へ発信するプロジェクト。毎シーズン国内外の厳選されたブランドのショーの開催をサポートしながら、楽天が運営するファッション通販サイト「Rakuten Fashion」内のブランドのショップでは、限定アイテムの販売などを通じてブランドの魅⼒を伝え、ファッションの新たな出合いを創出する取り組みだ。今シーズンは〈agnès b.(アニエスベー)〉を支援し、ショーが開催された。
長年にわたり“日常着”を軸にブランドを築いてきた同メゾンだが、その姿勢は今回も変わらない。過度な装飾やトレンドに寄ることなく、あくまで日々の生活に寄り添う服として提示されていたのが印象的だった。東京という文脈の中で見ることで、その普遍性はより際立つ。特別なことをしないという選択そのものが、ひとつの強さとして成立しているように感じられた。
前夜祭的ショー:YOKE – パリと東京をつなぐ時間軸
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会期前日となる3月15日(日)、「FASHION PRIZE OF TOKYO 2026」でグランプリを獲得した〈YOKE(ヨーク)〉がランウェイショーを開催した。今回の発表は、1月のパリ・ファッションウィークで行われたメンズコレクションと連動する形で構成されており、東京ではウィメンズのみが発表された。
会場の壁面には大きなスクリーンが設置され、ショーの開始前にはパリの日常風景が映し出される。まるで、ブランドがパリで過ごした時間そのものを共有しているかのような演出だった。ショーが始まると、その映像はパリでのメンズショーをサイドから捉えた視点へと切り替わる。時間と場所を横断するように構成された演出は、単なるコレクション発表にとどまらず、パリと東京をひとつの流れとして接続していた。その意味で、〈YOKE〉の今回のショーは、単体のランウェイではなく、ひとつの連続した物語の一部だったように思える。こうした時間軸での提示は、いまの東京ファッションウィークが持つ新しい役割を象徴しているのかもしれない。
以上、「Rakuten Fashion Week TOKYO 2026 A/W」を『Hypebeast』の視点で振り返った。
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